2005年08月25日

世界心身医学会議

 このブログは、経営者とその家族の健康管理と「命もうけ」に役立つような知恵を、わかりやすくお伝えしていくことが目的です。

 今、神戸で、第18回世界心身医学会議(The 18th World Congress on Psychosomatic Medicine )が開催されていて、それに参加している最中です。

 会議の発表が、すべて通訳なしで英語だけなので、一般的な日本人の医師や医学者、臨床心理学関係の方々には、かなり敷居が高いかもしれません。でも、世界での多くの国際会議は、オール英語が当たり前です。

 こういう国際会議に参加していると、器用に少々英会話などできてもまったく無意味で、いかに英語で積極的に内容ある自己の主張を、どんどんできるかどうかが勝負だな、と、つくづく感じてしまいます。

 英語をいかに上手に器用に話すかよりも、いかに英語で伝えたい内容をはっきり伝えられるかの方が断然大切であることを、あらてめて思い知らされます。

 ペラペラしゃべれることより、発音がへたでもいいから、内容がはっきり相手に伝わることの方が重要なのです。

 
駅前留学の英会話レッスンぐらいでは、まったく歯が立たないと思います。かなり高度な専門的な内容を、博士号を持っている連中と、英語でやりあわなければならないんですから。

 国際会議の場で、日本人参加者は、どちらかというと、やはり「待ち」の姿勢で、質問も遠慮がちですが、海外からの参加者は、すぐにマイクに向かって歩いていき、どんどん質問し、コメントしていくことに、まったく遠慮がありません。

 今回は、毎年たくさん開催される日本での国際会議のひとつにだけ、開会の祝辞を述べるという公務があるという、天皇皇后両陛下が来賓として開会式に臨席され、生まれてはじめて近くで、そのお顔を拝見できた幸運をとてもありがたく思っております。

 心身医学(Psychosomatic Medicine)とは、ひとことでいえば、心身の相関関係、すなわち、「心と体のむすびつき」を重視して、健康と病気を考え対処する医学ですが、その内容については、いずれあらためて書くことにします。

 会議に参加していて、どうも「うつ病」が、世界的に問題になっているようで、その症状が、心や精神の面からではなく、まずは、不眠、倦怠感、疲れが取れない、などの身体的な症状から徐々に始まることが特徴で、普通の医者は、よく見逃してしまうことが多いのだそうです。

 そのため、うつ病と、はっきりわかるまでに、かなり重症になってしまうことが多いようです。責任感のあるがんばりやさんが、いつのまにか、うつ病を進行させてしまいことが多いようで、自分だけは大丈夫だ、と思いやすい経営者の方々も、注意が必要です。

 最近、日本で20歳前後の若い女性にも、うつ病が増えているように感じます。

 私は、うつ病の患者さんに共通することとして、皆に自律神経失調があると思っています。

 アレルギーのところでも述べたように、自律神経失調は、身体的な病気であれ、精神的な病気であれ、どうも現代のさまざまな病気の背後に、しっかり根を落としているように感じています。





  

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2005年07月29日

歴史から未来の変化を見据える

 このブログは、本来、経営者とそのご家族の健康管理と「命もうけ」の知恵について、意外に知らない目からウロコのような、ちゃんとエビデンスのある本物情報をわかりやすくお伝えすることが第一の目的です。

 ですが、ときどき脱線して、国際情報を含めて、さまざまな視点で、私が世界の中で感じ、考えたことも、皆さんのお役に立ちそうな情報を中心に、お伝えしたく思っております。

 というのは、私が、この15年間に現地を訪れた海外の国々は、およそ30カ国。すでに乗った飛行機のフライト回数は600回を超えています。

そういう世界のさまざまな文化や風土の中で、現地の人と、体を張って体当たりで交流し、交渉し、講演・講義をし、議論し、得がたい友人を作ってきた実際の体験があります。

 ですから、日本にいるとなかなか気がつかない情報や世界の動きを肌で感じています。また、世界では、とてつもなくスケールのでかい人間にも出会います。そういう体験の中から、自由に、皆さんの人生のヒントになりそうなこともご紹介したく思っております。

 さて、哲学ある、人間の感情をベースにした実践的なダイレクト・リスポンス・マーケティングの知恵を、日本に根付かせた開拓者ともいえる、神田昌典先生が、日本の知られざる国際人、故・近藤藤太氏の人生を振り返りながら、歴史からこれからの未来を学ぶという、たいへん時代的に意味の深い新著を最近出版されましたので、皆さんに広くご紹介しておきます。

 それは、「人生の旋律―死の直前、老賢人は何を教えたのか?」(神田昌典著、講談社)です。
人生の旋律-死の直前、老賢人は何を教えたのか?
 神田先生も不思議な縁で、近藤藤太氏という、型破りな国際人に出会いますが、実は、私も、不思議なことに、まだ高校生で17歳くらいのときに、日本語一切禁止で英語ばかりで授業をやるという、当時珍しいスパルタ教育の英語専門学校の授業に参加したことがあり、そのとき、その近藤藤太氏の英語の授業を受けたことがあります。当時は、近藤国太という名前でした。

 たいへん豪快で迫力ある授業で、私たち生徒は、近藤先生のことを、Mr. Kondoと呼び、あだ名をGodfatherとつけていました。
 
 きびしいスパルタ教育で、後ろの方の席に座っている、やや消極的な感じの生徒など、ガーンと叱られ、Come to the front seat !(前の席に座りなさい!)と強制移動させられたような記憶があります。

 アクの強い迫力ある先生、という印象が、ずっと心の中に残っています。そのとき、なにか国際的な貿易ビジネスをやってきたベテランというような経歴の説明があったことを、かすかに覚えています。

 神田先生と昼食をごいっしょする機会があり、神田先生がいう近藤藤太氏が、私が高校生の頃、スパルタ英語教育を受けた近藤国太先生と同人物であることを知ったときは、ひどく驚きました。不思議な人の縁を感じました。

 戦争を体験した先輩の日本人にあたる方々は、皆、生きるか死ぬかの極限状況を体験し、極限状況における、人間の幸不幸、人間の運命、人としての潔さや、人間の狂気、おぞましいばかりの人間の業や貪欲といったものを実際に見て体験しています

 破天荒で無茶苦茶だが、スケールの大きい豪快な人生。成功と失敗、その天国と地獄を味わい尽くした国際貿易ビジネスの達人。英語の使い手でありながらも、決して日本人としての魂を売ることはせず、むしろ米国白人と堂々とやりあっていく近藤氏の生きざまは、まさに国際的日本人です。

 ちょっと英語がペラペラしゃべれると、欧米かぶれで無国籍人間のように振るまう、キザでイヤミなタダの英語屋になりやすいものですが、しゃれてダンディに構えながら、敗戦してもあくまで日本人としての魂を売らなかった近藤氏の態度は見事です。こういうスケールのでかい、肝のある、魂を売らないスジを通せる日本人が、本当に少なくなりました。

 「古きをたずねて、新しきを知る」

 「歴史は、くりかえす」

 歴史の証人ともいえる、極限状況を生き抜いた人の言葉は、次の予測できない変化を生きるための知恵の宝庫です。

 神田先生が、近藤先生の遺言ともいえる、これからの時代を生ききるための人生の知恵のメッセージを、若い人にもわかりやすく、年配の方にも読みやすく、世代を超えた知恵の架け橋のように、書き下ろしてくださったことは、本当にありがたいことだと思っています。

 人間の中身を作りあげることより、「ヤフオクや株のデイトレで、おいしく年収数千万円」という類の、せこくラクして手っ取り早く金儲けするための本ばかりが目立つ世の中になって、世間もそういう風潮にうんざりしだしている中、こういう本をあえて世に問う意味は、非常に大きいように思います。

 ゆえに、著者の予想をはるかに超えて、この本は、飛ぶように売れているそうです。

 近藤藤太氏は、国際ビジネスで、本当に体当たりで、狡猾でしたたかなアングロサクソンの白人やユダヤ人商人たちと、ビジネスの交渉の修羅場を体験された方です。

 本当に世界の実際の舞台で苦労されたような方には、近藤先生の体験をもとにして書かれた、国際人間関係を渡り合うための実践的ガイドとして、「デカい態度で渡り合え!― 世界で通用する人間関係10のルール」(近藤藤太著、フォレスト出版)は、大いに役立ちますので、是非お読みください。
デカい態度で渡り合え!-世界中で通用する人間関係10のルール
 アクの強い題名の派手な印象と異なり、中身は、食うか食われるかという弱肉強食の、きびしい国際交渉を、アングロサクソンの白人やユダヤ人商人と実際にやりあい、勝負した者でなければ語れない本物の知恵にあふれています。

 ユダヤ人の知恵について、あれこれ書かれた本が、巷にあふれていますが、そのほとんどは、実際にユダヤ人と深くつき合ったり、交渉をしたこともないような人が、ユダヤ人の文化や歴史もきちんと調べず、ただ日本人への受けをねらって巧みに脚色して創作しているようなものばかりです。

 実際に馬の目を射抜くほどの、きびしい勝つか負けるかの真剣勝負の国際交渉をやってきたアクの強い国際的日本人、近藤藤太先生の本を読んだ方が、はるかに実際の役に立ちます。
 




   
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2005年07月19日

成田空港の書店でショックを受ける

c48f3e11.jpg 1ヵ月ほど日本を離れていて、久しぶりに帰国すると、日本語の活字の本がやたら読みたくなり、本や雑誌をあっというまに10数冊買い込んでしまいます。

 例によって成田空港の行きつけの本屋さんに寄りますと、思わず、「あれっ?!これって?!」とよく買うニューズウィーク日本版に眼がとまりました。それは、ニューズウィーク日本版2005年7月13日号だったのですが、その表紙は、すでにどこかでとっくに見たものでした。

 ちょうどその表紙は、スーパーCEOとして日本のITベンチャーで若くして成功した熊谷正寿氏が表紙を飾っていました。日本の若きリーダーがニューズウィーク日本版の表紙を飾ること自体は、大いによろこばしいことなのですが、私は、それを成田空港で最新号に発見して、なんともいえないにがにがしい思いにかられました。

 なぜですって?

 なぜなら、そのニューズウィーク日本版最新号の表紙を飾っていたカバーストリーは、なんと、ほぼ1ヵ月近く前に、タイ北部の田舎町ですでに購入して読んでしまった記事だったからです!

 6月15日だったと思いますが、そのとき、まったく同じ表紙の写真のニューズウィーク国際アジア版2005年6月20日号を、タイの田舎町で発見し、購入したわけです。そのアジア国際版は、6月のそのころ、バングラデシュ、ブルネイ、中国、香港、台湾、インド、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、シンガポール、スリランカ、オーストラリア、ニュージーランド、タイで、ほぼ同時に発売されています。

 そういう国々で、とっくに特集記事が読まれているのに、なんと日本では、1ヵ月遅れの特集記事を、あたかも今最新の記事であるかのように、7月中旬近くになって日本版の特集記事に取り上げているわけです。

ちょっと考えものではないでしょうか?

 翻訳とかが手間がかかるとて、今はインターネットの時代。国際版が発行される前に記事の内容は、とっくに送信できるはずですし、いくらその特集記事があまり古くならない類のものにせよ、タイムリーな国際時事のニュース雑誌なのですから、やはり、同時発刊か、せめて2〜3日遅れ、発行が遅れる限度は、せめて1週間くらいにしてもらいたいものです。

 だって、日本は、国際社会の中で先進国で経済大国、白人欧米主導の国際サミットに参加できる唯一黄色人種の東洋の国じゃないですか。

 世界の中でリーダーシップを期待されている国の国際情報への、信じられないほどの対応の遅さは、いったい何なんでしょう?

 国際時事情報やニュースをタイムリーに世界に伝えることが仕事の雑誌が、まるで、どうせ日本人は英語ができないんだから、少々遅れてもわからないだろうと、たかをくくっているのでしょうか?1ヵ月近くも世界での報道に遅れながらも、平気で、最新号として、日本人に紹介して、ちょっとおかしいと思わないなら、その編集者たちは、相当、日本人をなめているんじゃないかというような気がします。その日本版編集者も日本人なのに。

 世界から一ヶ月遅れで、平気で最新特集記事として、日本人に紹介されるニューズウィーク日本版編集部の、まるでお役所の役人のような仕事認識を想像させられました。

 私は、よくニューズウィークを英文、和文ともによく読むファンの読者であるがゆえに、大きなショックと、国際情報への対処が、まるで遅れている国際的な田舎モノみたいな編集者の認識に、ひどく憤りをおぼえました。

 日本の読者は、英語ができないし、どうせ気がつかないだろうから、とまるでバカにされているような気分でした。

 日本のマスコミ業界は、どうもこういうのんき国際情報対応や操作をあたりまえのようにして感覚がマヒしているかのように感じることがあります。

 もう日本版は情報があまりに遅すぎるので、読まず、これからは国際版だけに目を通そうかと思っています。

 1ヵ月も情報配信が遅れながらも、そのことをなんとも思わないようなら、それこそ日本は、国際情報鎖国のままの国なのではないかと思います。

 皆さん、こういうことがけっこう平気で日本のマスコミで行なわれていること、気がついてくださいね。

 証拠の写真は、上がNewsweekアジア国際版2005年6月20号、下が、Newsweek日本版2005年7月13日号です。



  
Posted by otsukako at 23:23Comments(0)TrackBack(0)