2011年02月28日

がんになった友へのメッセージ

facebookの交流を始めた中で、海外のカナダからの発信で、すばらしくシンプルで、奥深い言葉に出会いました。


ここに、皮膚がんになってしまった友に向けて、励ましのメッセージとして贈ります。



Take every chance.

Drop every fear.




意訳すと、こんな感じでしょうか。



ひとつひとつのあらゆるチャンスをつかみ取り、

恐怖をひとつひとつ捨てていけ。




MKさん、大丈夫ですよ、私がしっかり見守っていますから。


  

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2011年02月27日

思いがけなく、がんになってしまった友へ

初期であろうが、末期であろうが、がん患者で長期生存や驚異的な回復をした方すべてに共通している大前提があります。

それは、まわりがなんといおうがかまわず、自分自身で、とにかく「生きる」と決めてしまった、ということです。

とにかく素直に「生きる」と決めてしまった人は一番強いのです。

「生きる」と心から本気で決断できた人は、生きのびます。

「生きる」と決意した人は、生ききれるのです。

これこそが、まさに、生きる力の再発見であり、治る力の再発見なのです。



「治る力」の再発見−自然治癒力を生む生命の原理


  
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2009年07月18日

こわがって神経質にマスクをすると、かえって新型インフルエンザにかかりやすいかも?

7月中はタイに滞在しておりますが、この国では、いったんは新型インフルエンザの騒動が収まったと思いきや、またテレビや新聞等のマスコミを中心に、外出のときは、かならずマスクをしろ、人ごみの中に出かけないで家にいろ、大勢人のいるところへ行くな、とか、専門家とされる人たちが、一種のかなり無茶なプロパガンダを、また繰り返し強要するようになってきました。WHO(世界保健機関)がお尻を叩いているのか、いったい誰が背後にいるのか、と思いたくなるほどに、急に再びこぞって、専門家たちが騒ぎだしています。学級閉鎖もけっこうあるようです。

ここで、逆説的に、「もしかすると、マスクをしている人のほうが、新型インフルエンザにかかりやすいかもしれない」という、一見、野蛮な仮説を立てて考えてみましょう。

あながち、これは、まったく根拠がない、とはいえないのです。

「えっ?!まさか??」と思われるかもしれませんね。

ただし、不安や心配、ウイルスヘの恐怖心にかられて、マスクをしている人、というように、限定条件がつきますが。

インフルエンザにかかる、かからない、は、その人の免疫力のはたらきしだいであることは、誰でも理解できますね。

だから、同じような条件に置かれても、かかる人もいれば、かからない人もいるわけです。

この生体の防御機構の中心ともいえる免疫力のはたらきを左右する要因のひとつは、なんでしょうか?

実は、人間の心や感情が、免疫力を作用するという、かなり明確な事実があります。

その心と免疫系のはたらきの関係を研究する分野に、精神神経免疫学Psychoneuroimmunology )というむずかしげな名前のついた研究分野があります。略して、PNIともいいます。

ひとことでいうならば、心をつかさどる脳神経を中心とする神経系と、ホルモンなどの分泌する内分泌系と、生態防御機構の要である免疫系は、とても密接なつながりと関係性をもっている、ということで、それぞれがバラバラにはたらいているのではない、ということです。

すなわち、心の状態、とくに感情は、免疫系のはたらきに大きな影響を与えることが、すでにわかっているのです。

たとえば、急に最愛の配偶者を失い、悲嘆にくれ、絶望的な気分になりますと、あっというまに免疫系のはたらきは低下し、生態防御の力、すなわち、免疫力が急激に落ちてしまうことがよくあります。

希望を失い、悲嘆にくれ、絶望すると、免疫力は、いっきょに落ちます。

また、つねに、いったいどうなるかわからない先が見えない不安や恐怖心をストレスとしてかかえてしまい、びくびく神経質でいると、それだけで、簡単に免疫力は落ちてしまうのです。

ということは、そういう気持ちのままでマスクをかけていて、いつもそういう恐怖や不安や心配の感情をストレスをくりかえし呼び起こし強化していると、それだけで、免疫力は低下してしまう、というわけです。

ならば、しょせん、ある程度、病人のつばきなどを、じかに受けることは防げても、しょせん、きわめて小さいウイルスがマスクの穴を通過することを阻止したり、除去したりは、所詮、無理なのですから、恐怖心や不安にかられて、神経質に、びくびくしていると、それだけで、インフルエンザにかかりやすい自分の生体内部環境をつくって、本来の免疫力のはたらきを落としてしまう、ということになるわけです。

よって、びくびくこわがって、恐怖心からマスクをいつもかけなくては、などと神経質に思っている人ほど、精神神経免疫学の立場から考えれば、まさに、びくびく恐れれば恐れるほど、流行のインフルエンザにだって、当然かかりやすくなりますよね。

すなわち、もしかすると、むやみに「こわがってマスクをする人は、かえって新型インフルエンザにかかりやすいかもしれない」というパラドックスが、論理的に考えて、筋が通っていて、正当性を強くもってくるわけです。

おわかりになりましたか?

どうせマスクをするのなら、恐怖心からではなく、たとえウイルスを防げるという科学的な根拠はなくても、どうせマスクをするのなら、これで絶対ウイルスは防げるのだ、と自信を持ってするほうがいいと思います。

という意味では、科学的ではなく、文学的、いや多分に政治的判断、ともいえるWHOのマスク奨励は、考え方によっては、暗示効果があるともいえるのです。





  
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2009年06月23日

新型インフルエンザよりもはるかにおそろしい現実とは?

新型インフルエンザ・ウイルスより、もっとはるかにこわいものが実はあります。

実は、医療の医専門家たちが、くさいものにフタをしてしまって、わざと、その問題にふれることを避けているかのようです。

もっとこわいのは、人間が作った抗生物質のため、それに対応するべく学習し、どんな抗生物質を使っても死ななくなってきている、強力な耐性をもってしまった結核菌の方でしょう。

人間が、自分たちで、細菌をモンスターにしてしまったようなものです。

生命というものに対しての認識が甘いのだと思います。

細菌だって、なめたものじゃない。

細菌だって、生きています。

ですから、なんとか生き延びるために、学習し、それに適応しようと自分を変えていくのです。


ある地方の大学病院の外科医が、おしえてくれたことですが、高齢の患者さんが、結核になってしまった場合、今の結核菌は、もうほとんどの抗生物質に耐性をもってしまって、効く抗生物質は、もうあと1種類しかないのだそうです。

しかし、それを使って耐性菌ができてしまうと、もうまったく打つ手がなくなり、完全にお手上げとなるため、使いたくても使えないのだそうです。
すなわち、目の前のお年寄りは、やむをえず、見殺し、というわけです。

金にものをいわせれば、なんとでもなる米国では、どうやらその残りの抗生物質もすでに誰かに使ってしまったらしく、もし、それにも耐性を持つ結核菌が出現したら、もう打つ手がないことは、一般にはほとんど知られていないが、実は知られざる大問題なのだそうです。

私には、新型の豚インフルエンザの問題よりも、いかなる抗生物質にも死ななくなりつつある、人間自らがモンスター化してしまった結核菌の存在のほうが、大問題のように思われるのですが。

WHOは、なぜ、この問題は言及しないのでしょうか。

一国を揺るがすような巨大な製薬会社の製薬の利権が陰で巧妙に絡んでいる、この医療という世界の国際的な情報操作は、一筋縄ではいかないようです。

皆さん、生命の知恵を磨き、「自灯明」となるべく、かしこくなりましょう。

たとえ、どんなにもっともらしい権威に対しても、論理的に考えて、おかしいことはおかしい、「王様は裸だ」と見抜ける洞察力を磨いていきましょう。

一度しかない自分の大切な生命と、大切な家族と友人たちの命をしっかりと守るために。

  
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2009年05月28日

新型インフルエンザの患者に対する魔女狩りのような騒ぎをよく考えてみる

豚インフルエンザの話題ばかりが目立つようになってきましたが、その感染者を、まるで犯罪者扱いか、あたかも魔女狩りのするような、WHO ( 世界保健機関 )の、人々をむやみに恐怖にあおるようなプロパガンタは、もういい加減にしてもらいたいものだと思っています。

まるで、なぞの宇宙人エイリアンが、なぞのウイルスをばらまき、へたをするとそれで人類が絶滅するかのような騒ぎ方ではありませんか。

医療の専門家といわれる人たちの、コミュニケーション能力の貧困さ、頼りに全然ならないひ弱さとふがいなさには、がっかりさせられます。まるで無力で無能ではないか、とすら考えたくなってきてしまいます。

WHOのトップが、地球の人口の大多数を占める、衛生状態もよくない貧困層の人口への感染拡大を強く懸念して、強調する気持ちはわからないでもありませんが、今、すぐに感染予防に役立つことやできることを明確にして、まず対処できることから確実に対処して、目先のことで予防できることから確実に予防していこう、という具体的で明確なメッセージがまったくなく、やたら、むやみに人々の恐怖や不安をあおるような声明ばかりに終始しています。

インフルエンザ・ウイルスは、今までのものも、新しいものも、どれも、熱には非常に弱いのですから、豚だろうが、鳥だろうが、かならずよく火を通してから食べる、とか、当然、あたりまえの論理的な対処の仕方が、まず指摘されてしかるべきです。

また、よく手を洗う、マメによくうがいをする、疲労をためない、よく十分な睡眠をとる、飲食に気をつけ、暴飲暴食のような、免疫力を落とすような生活習慣は送らない、健康的な生活習慣を守る、など、伝えるべきメッセージはいくらでもありますでしょうに。

WHOのだらしなさにくらべて、たまたま新宿の紀伊国屋書店で見つけた、小さな子供向けのインフルエンザ対策の本では、まさに、今述べたような、今すぐにできることからはじめて、免疫系を守り、予防効果を高めるような具体策が、かなりしっかり書いてあって、こういう医療専門家も、まれにいるのだな、と感心したものでした。

ワクチンができなければ、終わりだ、絶望だ、みな、間違いなく全員がかかってしまうにちがいない、というような、頭でっかちな妄想というか、思い込みは、いったいどこからでてくるのでしょうか?

まるで、新型インフルエンザにふれた人は、かならず感染するような伝え方、騒ぎ方をする。

実際、かかる人もいるが、全然かからない人もいるというのが本当の事実。

ましてや、ワクチンという獲得免疫だけが生態防御のはたらきじゃないですよ。

自然免疫のはたらきだって、あるし、たのもしい生態防御のはたらきは、そんなに、頭でっかちな人たちの思い込みをはるかに超えて、たくましくはたらいています。

また、狩猟民族である西洋流の思考の弱点が、未知なるものへの異常なまでの恐怖心、というものでしょうね。昔、ヨーロッパで大流行したコレラやぺストなどの疫病の悪夢が、彼ら病気の原因を外に求める傾向の強い西洋医学を勉強しすぎた人々や西洋人のDNAに根強くこびりついているかのようです。

笑いが止まらないのは、マスクの製造会社と、政府からも早急なワクチン製造をせかされて、助成金などが政府から入ってくるであろう製薬会社ばかり。

鳥インフルエンザが大流行するぞ、とさんざん脅かしておいて、どうも、大流行の火がつかないと思いきや、急に、今度は、豚インフルエンザの恐怖ときた。

エイリアンAが広まらないなら、エイリアンBだ、とばかり。

「オオカミが来た!オオカミが来た!」と騒いで、オオカミが来ず、ほんとうにオオカミが来たときに、再びそういっても、誰も信用してくれなくなった、という「オオカミ少年」の寓話を思い出します。

SARSのときだって、WHOは、まだ問題が解決したわけでもないのに、政治的に終結宣言をして、それを鵜呑みにする判断力の低い多くの人間たちが、いっせいにマスクをはずした、などという、実にいい加減な対応を思い出します。

終結宣言をしたときに、まだSARSのワクチンが完成したわけではないのですよ。

じゃあ、あれだけ、あおっておきながら、なぜ、SARS終結宣言ができるわけでしょうか?


さて、ここでよく考えてみましょう。

ウイルスの飛沫感染を防ぐといっても、もちろん、くしゃみや咳のときの、つばきや痰が直接、入ってくるのは防げても、ウイルス一個の大きさをサッカーボールにたとえれば、マスクの穴の大きさは、東京ドームくらいあるのだから、マスクでウイルス感染を防げると考えること自体が、あまりにも科学的なかしこい判断とは、とても思えません。

このテーマは、米国の有名なアンドルー・ワイル博士と、メールで、ときどき話題にして、「日本でもみんなマスクしているのかい?」と、2人でよく苦笑しています。

まったく無駄とはいいませんが、ほとんど科学的にいったら、ほとんど意味がないと思います。

WHOトップの医療専門家たちによる、人々への恐怖のあおり方は、異常というか、ヒステリックというか、コミュニケーションのしかたや伝え方をよくわきまえず、人の心理への影響を理解していない、まるで人々を集団パニックか集団ヒステリーに扇動しているような、あまりに思慮の足りない、浅はかなものであるように思われてなりません。

自分たちにあまりに打つ手がないため、マスクを奨励することで、かろうじて、何か具体的なやっているように、表面上、見せかけているに過ぎないのではないか、と思われてもしかたありません。

科学的な、まず、すぐにできることからはじめて、われわれの免疫系をいかに守るか、という議論ではなく、適当に、政治的に、もっともらしく、何か政策をやっているかのように、見せかけたにすぎない、と思われてなりません。

たとえ、国連機関の専門家が言ったことでも、まさに、「王様は裸だ」ということは、よくあることだと思います。


皆さん、たくましく、したたかに、賢くなりましょう。

38億年の生物の進化の歴史を、たくましく勝ち抜いてきた人間の生命の生態防御のはたらきと知恵は、そんなにやわではないと思いますよ。
  
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2009年01月31日

生命の世界、生き物の世界をながめていて気がついたこと

この地球上に、いったい、どのくらいの種類の生き物がいるかというと、なんと!!150万種類にもなるそうである。

よくよくこのことを考えてみると、生物の世界のすさまじいまでの多様性、生命世界の多様なあらわれかたには、何か感動して声を失ってしまう。

このなかで、一番、地球上でえらそうにしていて、我がもの顔にふるまっているのが人間だが、よく観察してみると、人間以外、どの生き物も、銀行預金など持っていないし、かばんすら持っていない。

どの生物もまったく身ひとつである。

銀行預金もなく、かばんも携えず、まったく身ひとつでありながら、ちゃんと日々を生きている。

それでいて、驚くべきことに、ちゃんと子孫を作り、育てている。

人間のように、蓄えも、銀行預金もないのにですよ!

考えてみると、すごいことである。

その点、人間たちは、リーマン・ショックだ、大不況だ、景気が悪くてどうのこうのと、なんだかんだと、騒いでいる。

昭和30年代初め頃よりは、いい暮らしを今でもしてるんじゃないんかしらね。

ましてや、焼け野原になった終戦後とはくらべものにならないくらい豊かだ。

飢えて死ぬのではなく、飽食の時代、食いすぎて、生活習慣病で早死にしている。

いわゆる、ぜいたく病である。

他の149万種類の、身ひとつで子まで育てて日々をただ懸命に生きている地球上の生きものたちとくらべて、人間は、どこか、あまりに、わがままで、だらしないような気がしてきた。

「ただ今を懸命に生きる」− 禅坊主がよくまことしやかに説くような言葉であるが、こんなことは他の生物は、あたりまえのこととして日々を黙々と生きている。

他の生き物たちは、人間よりも、とっくに悟っているのである。

こんなことを、いちいちありがたそうなおしえとして説かなければ、わからないほど、人間はおろかなのだろうか?

日々を懸命に生きることなら、生物の進化の歴史では、大先輩に当たる、古代の三葉虫の時代から生きながらえてきているという、ゴキブリでさえも、そうしている。

ある生物学の先生よると、まさに「生きた化石」といえる生き物なのだそうだ。

地球上の生き物たちのすさまじく、けなげにただ己の生命を生きるさまを考えたら、えらそうなことをいっている禅坊主などの説法も、かたなしである。

バイオテクノロジーがどれだけ進歩しても、大腸菌すら、まったくゼロの「無」から作り出すことは、1000兆円出してもできない事実を、どれだけの人が理解しているだろうか?

人間は自分勝手に生命をいじくっているが、生命を無から作り出すことは不可能なのだ。


生命世界の奥深い不思議さについて考えていると、人間社会で、人間たちが騒いでいる多くのことが実にばかばかしく幼稚に思われてくる。政治にせよ、経済にせよ、生命世界の現実のすごさにくらべれば、幼稚園の、ちーちーぱっぱのお遊戯のようだ。

実は、人間は、地球上で、他の生物にくらべて、格別えらいことなど、本当は何もないのではないだろうか。ただ「万物の霊長」などと、うぬぼれて、おごっているだけなのでえはないか。

わがままで自分勝手すぎる人間よ、地球上で、おごることなかれ。

という私も人間だから、これは自分に向かって言っていることでもある。

大自然の生命世界の視点から、よくよく物事を眺めてみれば、地球上で、人間が、大腸菌やゴキブリよりも、えらいことなど、何もないような気がしてくるのだ。

地球を救え、だと?
人間たちのおごりは、この言葉に凝縮されているように思われる。

なぜなら、地球に救っていただいて、日々生かされている存在こそが人間であって、人間など、その気になれば、地球の大自然は、あっというまにすっきりきれいに跡形もなくお掃除してしまうだろう。

人間のわがままを正当化してきた人間中心主義こそが、地球上における人間のおごりを生み、数々の取り返しの効かないような環境破壊問題を生み出しているように思えてならない。
  
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2008年12月20日

うれしいご報告

さて、うれしいご報告です。

このたび、私の志の原点ともいえる大切な本の完全リニューアル最新バージョンが新刊として、完全復活いたしました。

ハードカバーの単行本として、デザインも内容も新たによみがえりました。

思いをこめた本の親としては、うれしくてなりません。

題名は「「治る力」の再発見―自然治癒力を生む生命の原理」( 大塚晃志郎 著 日本教文社 刊 )。12月21日発売です。

「治る力」の再発見−自然治癒力を生む生命の原理
内容も大幅な加筆を行い、最新のトピックも盛り込み、まったく新しい感じの本として、よい出来に仕上がりました。デザインにもこだわりました。

手っ取り早いハウツー的な内容ばかりが求められがちな世の中で、なかなかズバリ本質的なことを本音で書かしてもらえないような今日の出版事情の中にあって、心ある人たちに息長く読み継がれ、お役に立てることを願っての完全ニューバージョンです。

この本をヒントに、いざというときでも、しなやかで、たくましい、真に「強い自然治癒力」を発揮して、元気を取り戻していただきたい。

是非、お読みいただき、自然治癒力を生かした健康回復に役立つ考え方や発想が凝縮されておりますから、是非、ご友人などに、おすすめいただけたら、とてもうれしく存じます。

この本を新刊として発行するにあたっては、日本教文社第2編集部の田中晴夫さんには、とてもお世話になりました。

私の妥協のないこだわりに共感していただき、まったく新しく本をよみがえらせてくださった田中さんには、心より深く感謝しております。

なお、日本教文社のご好意で、本のあとがきの一部は、このブログで公開してもいいとの許可をいただきましたので、以下、一部をご紹介させていただきます。

このあとがきの一部を読んでいただければ、なぜ私が、「治る力」、すなわち、自然治癒力の本質を書きたかったのか、そのわけと、これからのビジョンが、ご理解いただけると思います。


「                あとがき

 この本は、私にとって、原点ともいえる本である。一種の使命感をもってとりつかれたように書いたこの本は、私の出発点であり、私の志の原点ともいえる。医療の世界のさまざまな現実の難しさに遭遇するたびに、その初心を思い起こさせ、あらためて勇気をよみがえらせてくれる、私自身にとっても大切な本である。

 多感な高校生のころ、社会や学校や、そして自分自身の中にもある矛盾に悩み、それを克服しようと、必死になって、なかなか見えない自分の道を求めていた時期、自然に「人間とは何か」「生命とは何か」という根源的なテーマが、自分の人生で探究していくライフワークのテーマとして、しだいにしっかりと自分の中に根を張ってきたように思う。

 そのようなテーマに心がとりつかれていた二〇代前半、高度な医療技術を持っているはずの現代医学の恩恵を受けている人たちが現実に存在する一方で、そのようなレベルの高い医療を受けているはずなのに、なぜかよくならず、かえって悪化している人たちもかなりいる現実に直面させられた。ところが、現代医学でなかなか治らないような人たちの症状が、薬も使わず、手術もせずに、実にシンプルなやり方で、着実に目に見えて好転していき、ついには治ってしまうという実際の場面に何度も出くわすことになる。(もちろん、手術や薬物を不要と言っているわけではないので、誤解はしないでいただきたい。)

 今まで、現代医学の高度な医療技術の恩恵を得て、ずっと治療してきたにもかかわらず治らなかった人たちが、薬も使わず、手術もせずに、よくなっていったのは、一体なぜなのか。なぜそういうことが実際におこるのか。その理由を知りたいという強い欲求にとりつかれた。また、「なぜ、生命は、そうはたらくのか」「生命は、なぜ、そのようなプロセスを経て、治癒へと向かうのか」と、問いは尽きなかった。

 しかし、実際の現実は、悪戦苦闘の連続で、何度も断崖絶壁に一人立たされ、あえて勇気をふりしぼって決断しなくてはならないような体験をいくつもした。そういう試行錯誤を積み重ねていくうちに、しだいに、いろいろな方法に共通する根本的な「治癒への原理」があることに気がついた。いいかえれば、「治病の共通原理」というものがあることがしだいに見えてきたのである。


                 ( 中略 )


 今後は、2015年以降に、日本が、世界に誇れる本物の実力と内容を伴ったホリスティックなケアを実践する本格的な統合医療ホスピタル・モデルを、まさに東西医療の知恵の結晶として、世界で初めて日本で作れないものかと、ビジョンを練ってあたためているところである。他の国でも実現は可能であろうが、ほんとうにきめの細かい、こだわりのある「質の高い」全人的ケアと統合医療サービスの実現は、やはり「察する」文化として繊細な感性を持ち、大局的に東西文化を公平に見渡せる立場にあり、経済力でも、技術力でも、人間力でも、非常に高い水準を誇る日本こそが、世界に冠たる本物の中身の充実したモデルを作りうるポテンシャルを持っていると思うし、また、それを世界に堂々と示すべき時期に来ていると思う。 

 また、そういうヒューマンタッチな全人医療をめざすホスピタル内の施設では、たとえば、優秀な東西の医療の実力を備えながらも、映画が見られるシアターがあってもいいし、音楽コンサートや落語が聴けるコンサートホールがあってもいいのだ。

 「ホスピタル」とは、単なる病気にかかった人の収容施設としての「病院」ではなく、心あるホスピタリティにあふれた全人的なケアを施し、患者に生きるよろこびと希望をよみがえらせ、生命力をしっかり回復させていくような場としての「ホスピタル」でなくてはならない。患者さんの生きるよろこびが息を吹きかえすように復活してくるような環境空間こそが、真のホリスティックな統合医療ホスピタルのモデルとなりうるのである。 

 体に不調があって、いざ行くべき診療科がわからなくとも、ちゃんと総合的に東西医療両面の知恵から診断予測をしてくれ、必要とあれば、すぐに専門の科に連絡をとり、さらに専門の立場からくわしく検討と対処をしてくれる。そういう中で、どういう治療や指導が、その患者さんにとって最良の選択になるか、東西医学と他の有効な相補・代替医療の中から、あらゆる可能性を患者の立場に立って検討してくれる、そんなホスピタル。救急医療にも、外科手術の前後にも、東西医療の知恵が共に大いに生かされるホスピタル。ホスピタルの中に足を踏み入れたとたんに、心も癒され、気持ちが明るくなるようにデザインされたホスピタルの環境空間。こういうホスピタルをあなたはほしいとは思わないだろうか?

 これは、医師や医療行政をあてにして、人まかせにしてもだめで、そういうものを実際に作っていく主役は、実は、読者の皆さん方なのである。とくに、自分自身の命に重い責任のある、社会の指導的立場にある全国の企業家などの方々が、自分自身と家族、会社の社員の健康と命を守るためにも協力し合って、資金と知恵と人材を集め、真剣に、そのような全人的な統合医療ホスピタル・モデルの実現に取り組まないと、本当にバランスのとれた、ベストといえるものはできないように思う。

 そのためにも、まずは、皆さんが「生命の知恵」、強い自然治癒力を生む知恵に気がつき、その大切さと威力を理解し、実感していただきたく願っている。すべては、そういう足元にある「生命の知恵」を再発見することから始まるのである。



                 ( 後略 )

                                            」

まあ、とにかく読んでみてください。

魂をこめた、いっきょに読める本。ずばり内容は本質的て、具体的で、哲学の芯が通っていながら、それでいて、感性には詩的なリズムの漂う、知と情の通った生命と人生の知恵の讃歌ともいえる内容になっています。

健康の問題で、何かご苦労のあった体験を持つ方ならば、なおさら、目からウロコのように、生きる力と元気が湧いてくると思います。

  
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2008年11月25日

インフルエンザと風邪の予防をかしこく行なう

けっこう寒くなってまいりましたので、ここで、皆さんがいやがるインフルエンザや風邪を、かしこく予防する知恵をお伝えしましょう。

基本となる大前提の考え方は、「免疫系のはたらきが、元気でマットウに、バランスよく、しっかりしていたら、大丈夫」ということですね。

そのためには、実にシンプルで基本的なことが、モノをいいます。

(秘訣その1) 疲れたら、無理をせずに、すぐ休む。

疲れたときは、すぐに十分休む。ここで無理をするから、免疫系のはたらきを落とし、インフルエンザや風邪にかかりやすくなるわけです。

ところが疲れをためやすいのが、無理をしての睡眠不足。睡眠不足をすると、思いがけないくらい免疫系はダメージを受けるんですよ。

水虫のある人なら、睡眠不足で、すぐに悪化します。

だから、次のような、あたりまえのことが重要になります。

(秘訣その2) 十分な睡眠をとる。

夜更かししてませんか?

夜更かしすると、免疫系のはたらきは、がくんと落ちますよ。

また、がんは夜中に進行する、ともいいます。

さて、次は?

(秘訣その3) 食べ過ぎない、飲みすぎない。

暮れにかけては、なにかとおつきあいの多いときですが、食べすぎ、飲みすぎも、体に負担をかけ、何かと胃腸を酷使して、疲れさせる原因となりますね。

とくに脂っこいものやお酒は、体にいつのまにか負担をかけてしまいます。

小腸には、知られざるガンマー・デルタT細胞群という、非常に優秀な免疫系軍団がいるのですが、そこにべたべたと汚れたアブラがべったりとこびりつき、お酒で腸の粘膜をただれさせれば、当然、免疫系のはたらきは、がくんと落ちます。


また、食べ過ぎれば、腐敗した便も腸内にたまりやすくなり、血液を汚します。

疲れがたまり、睡眠不足のところにもってきて、食べすぎ、飲みすぎで体に負担をかけて、血も汚れれば、当然、免疫系のはたらきを落としますから、そこに、インフルエンザとか風邪のウィルスが入ってきたときに、弱っている免疫系ではうまく防衛ができなくなるわけですね。

ですから、次のようなことも大切になります。

(秘訣その4) うんこをためない。常に便通を良くしておく。

ようするに、体の中に腐敗物をためない排泄力をつけておく、ということですね。こういう大前提のことをやっておいてから、次のようなことをやると、功を奏します。

(秘訣その5) 毎日、マメに、うがいをする。

マメにうがいをすることがいいことは、言うまでもありませんね。

そして、疲れを感じたときや、ぞくぞくと寒気がしたときや、体がだるいときには、次のようにします。

(秘訣その6) 首のうしろの首筋のところを、熱いタオルか何かで、しっかりあたためます。

(秘訣その7) そのあと、熱い白湯を飲みながら、今度は、かなり熱いお湯を入れたバケツに、片足ずつ、できたらひざくらいまでを、お湯に入れ、すこしがまんします。熱いので、左右交互にくりかえしお湯の中に足を入れて、両足とも、ひざ下が真っ赤になるくらいまでにします。

(秘訣その8) そして、そのあとは、両足に厚手のソックスをはいて、ソックスをはいたまま、すぐ寝て、ぐっすり休みます。

このやりかたは、風邪のひきはじめに効果抜群です。試してみてください。

そして、殺菌力のある長ねぎや玉ねぎをたっぷりつかった食材と食物繊維によって、しっかり便通をつけ、腸の働きをよくし、味噌なべのような、体が芯からあたたまるようなものを摂るとよいでしょう。

そこで、冷えから体を守り、インフルエンザや風邪の予防にあって、体を芯からあっためてくれ、便通を抜群によくしてくれるスグレモノがこれだ!

(秘訣その9) 寒いときは「玄米のねぎ入り味噌雑炊」を、頻繁によく食べるようにする。

以上、ごくごく当たりまえに思えるようなシンプルなことを、きちんと、やってごらんなさいな。

今年の冬は、周りの人たちが風邪をひいていても、あなたとあなたのご家族は、風邪知らずですよ。

薬ばかりあてにして、自分の免疫力をアップすることを忘れちゃったら、それじゃ、ただの薬の奴隷になってしまいますね。

巧みな薬屋さんの宣伝にのせられませぬように。

最高の自家用薬は、皆さん自身の体がちゃんと作ってくれるのですから。

それでは、また。

  
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2008年09月30日

ダニエル・コビアルカの音楽の世界を映像で味わう

友人のダニエル・コビアルカの音楽の世界のイメージを上手に映像で表現しているような動画を、ちょうどYouTubeで見つけました。なかなかいいのでご紹介します。

ちょっと画面を眺めて、ほんのりリラックスするのには、ちょうどいいかもしれません。

The Ripple Effect Experiment−The Heartbeat To Eternity
(さざ波効果の実験−永遠への鼓動)


という題名がつけられています。Humanity Healingというところで作った作品のようです。

さあさあ、成田ビューホテルのフロントマネージャーのKさん、それから、いつも毎日懸命に働いている皆さん、少しのあいだ、手を休めて、頭と心を休めてみてくださいな。

このブログにお寄りいただいた方にふと笑顔が生まれますように。

そうそう、歯科医の私の友人がいっておりましたが、彼のまだ生まれたばかりの赤ちゃんが、なんとダニエル・コビアルカさんの、ゆったりした音楽を聞かせるたら、すぐに泣き止んでしまったそうです。

そのことを、すぐにダニエルさんにメールで伝えると、ご本人は、大よろこびしていました。

私も、うれしくなりましたね、ほんとうに。


皆さん、どうぞ、しばらくのあいだ、ゆったりとお楽しみくださいますように!




  
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2008年07月31日

白血病を克服した友人

記事に書いたダニエル・コビアルカのコンサートには、ご本人と主催者のご好意によって、私の関係者や友人をご招待いただきましたが、その中には、脳溢血で倒れた体験を持つ歯科医の方や、脳梗塞で倒れたあとリハビリをされている会社役員の方、そして、高校時代のクラスメイトで、以前、白血病を発症し、闘病の末に、それを克服した友人の姿がありました。皆さん、久しぶりに会う方ばかりでした。

人は病という体験をすると、とても丁寧になるのでしょうか。
とくに大病を克服した方々からは、とくに心あたたまる丁重な感謝やお礼の言葉をいただきました。

今から、もう10年ほど前になるでしょうか、昔の高校時代のクラスメイトだった友人から連絡があり、深刻な相談がありました。詳しい事情を聞くと、なんと急性骨髄性白血病の診断を受け、大学病院で骨髄移植をすすめられ、ドナーを待っている状態、とのことでした。

そこで、私が心から信頼し、敬服する、ある医科大学の教授が、ご自身で白血病のような症状が出た折に、中医学をためして、見事に完治させた体験をもたれている方がいたので、すぐに連絡し、彼を診察してもらい、まずは東洋医学的な方法を試してもらうことにしました。

しかしながら、それにもかかわらず、残念ながら、病状は変わらず、友人は、結局、ドナーを忍耐強く待って、骨髄移植を受けることになりました。

その後、幸いなことに、骨髄移植が成功し、元気になり、めでたく結婚をされたとは風の便りでは聞いていました。ですが、相談を受けたときも含めて、ずっと長年会っていないままでした。

せっかくだから彼の奥さんもいっしょにご招待し、ダニエルの音楽で、ゆったりとリラックスして楽しんでもらおうと考えたのですが、その招待をとてもよろこんでくれている様子でした。

当日、私が声をかけた方々に、あいさつまわりを、コンサートの休憩時間にしておりましたので、あわただしかったのですが、高校時代の仲間のいる席のところに行きました。高校時代の仲間といっても、みな、大企業や中堅企業で役員や管理職をやっていたり、大学教授になった者もいましたから、なかなか皆たいしたものでした。

その白血病を克服した友人も、大手商社マンとして海外で活躍してきた人物です。いろいろ体に無理なこともあったのではないかと思います。

ほんとうに久しぶりに高校時代の友人たちに再会し、皆もコンサートを楽しんでくれているようで、うれしかったのですが、彼の姿が見えませんでした。

すると、どうもトイレに行っていたらしく、しばらくすると、彼があらわれました。

彼は、私を見つけると「きょうは本当にありがとう!」といって、手を両手で握ぎりしめてきました。

そのとき、久しぶりに会う彼の様子や表情を見て、彼がのりこえた闘病の大変さを、即座に私は理解しました。

ほんとうに全身でよろこんでくれているその様子を見ながら、「たいへんだったろうなあ。よく生きていてくれたなあ。」としみじみ、彼の無事がうれしく、心の中で、もらい泣きしそうになりました。

病気の実際の内容とそのたいへんな治療のことがわかる人間には、彼が相当つらいものをのりこえた、その大変さが、一瞬にして、痛いほどわかったのです。

手を握り締めて、放そうとしない彼のよろこびかたを見ていて、彼ら夫妻をコンサートによんで、ほんとうによかった、と、うれしかったものでした。

その後、彼からは、わざわざ、丁重に、菓子折りが届きました。ここまで、丁寧にしてくれなくてもいいのに、と、正直なところ思いましたが、とにかく、病を克服して、生きていてくれ、よろこんでくれたことが、何よりうれしかったです。

たしかに、死を覚悟するほどの大病を克服したような人は、人の親切や好意に対して、非常に敏感に素直に反応してくれるような気がしました。

友人が、生きていてくれて、本当によかった、と、しみじみ思うと、じーんと涙がこみあげてきました。

大病を克服した友人たちをコンサートに招待する機会をいただき、深いよろこびを体験させていただいた友人のダニエル・コビアルカと主催者のK・D社長には、心から感謝・御礼を申し上げます。ありがとうございました。

おかげさまで、コンサートに来た皆さんの心の中には、うれしい花が咲いてくれたようでした。
  
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2008年05月21日

音楽の力と癒し−ダニエル・コビアルカの音楽

根をつめた仕事を精一杯したとき。

自分と直接関係のないことでも責任を背負い込むはめになってしまったとき。

また、理不尽なことで会社の上司に怒られたとき。

さらには、会社組織内部のゴタゴタや足の引っぱりあいに、ほとほと嫌気がさしてしまったようなとき。

そのようなときは、仕事やそれにまつわる人間関係などで疲れきったような心身をほっと休めたいときがありますね。

ダニエル・コビアルカそういうとき、ふとひとり静かにじっと聞き入る音楽が、心をなごませ、なんとも子どものころのなつかしいような純粋な気持ちを思い出させ、まさに、心身を癒し、充電してくれるようなことがありますね。

そういう音楽に聞き入るときには、なにかなつかしい大切なものを取戻すような至福の時間と空間があるように思われます。そうですね、ちょうど、いのちと心が、生きるバランスをしだいに取り戻していくような…そんな感じかもしれません。

米国はサンフランシスコ在住の音楽家、ダニエル・コビアルカ氏は、そのような音楽の力を信じ、そのような自然な音楽の癒しを、長年にわたって、追究してきたアーティストです。もう10年以上もの長いつきあいになる私の親しい友人の一人ですが、そのような音楽の力を生かし、さまざまな米国のホスピタルで演奏し、音楽療法としての成果もあげてきた人物です。

もともとはサンフランシスコ高交響楽団の首席第二バイオリニストとして、クラシック音楽を中心に演奏してきた演奏家であり、かの世界的に有名な指揮者のレオナード・バーンスタインに師事し、世界的に有名な、指揮者の小澤征爾氏の友人でもあり、彼の依頼で、長野冬季オリンピックの開会式でのオーケストラにもバイオリン演奏者として、参加しています。

そのような実力がありながらも、決してプライド高く気取るようなことなく、小さな子どもたちが2〜3人来て、彼に演奏をせがめば、よろこんで彼らに演奏をしてあげるようなやさしさや純粋さを持っているのも彼のいいところです。

彼は音楽のほほえみとよろこびを知っている人です。

そのダニエル・コビアルカ氏が、来る6月下旬に来日し、東京では6月27日に国際東京フォーラムで、6月29日には京都の国立京都国際会館で、10年ぶりに日本でコンサートをすることになりました。これは、彼の友人として、宣伝してあげないわけにはまいりません。

ダニエル・コビアルカのコンサート情報や、彼の音楽のサンプルは、クリックして聴いてみてください。

心ある日本の方が、彼のコンサートに来て、ほっと心を休めていただけたら、彼の人柄をよく知る友人として、心からうれしく思います。


追伸

実は4月25日に彼の10年ぶりのコンサートのためのプレスパーティーがあり、私が長く関わっている日本ホリスティック医学協会がコンサートの協賛にもなった関係や、ダニエル・コビアルカ氏本人からの強い希望もあり、プレスパーティーで私があいさつをするはめになりました。準備するひまもなかった私のあいさつが、たまたま好評だったようで、参考までにここにご紹介しておきます。

ただ一部ブログの文章と内容がかさなるところもあろうかと思いますが、ご了承ください。


「ダニエル・コビアルカさんとは、もう10年以上の長いおつきあいになります。

私どもがこのたびのコンサートの協賛に入っている日本ホリスティック医学協会というものを立ち上げたのが、1987年です。全人的医療を目指す、人間の心も身体も、いのちまるごと全体にアプローチする、そういう心ある医療をしようということで、有志が集まってできた協会でございます。それが1987年にスタート致しました。

一方、アメリカには米国ホリスティック医学協会というものがございまして、1990年にはシアトルでその学会がございました。そこで、あるすばらしい人間と自然の調和のスライドショーが上映されまして、そのバックで流れていた音楽が、アメリカ人の音楽にしてはスローなテンポな、何かホッとするような音楽でした。でも、そのときは、その音楽が誰のものかわからなかった。それで、それから私はいろいろ探したんですけど、なかなかその作者や演奏者がわからなかったんですね。

それから、数年たって、またアメリカでの学会に参加したときに、「医療と精神性」について世界的に有名なラリー・ドッシー博士という方がいらっしゃいまして、その方がまた講演のスライドで、ある音楽をバックに使っていらした。それもまた印象に残ったので、調べに調べましたら、その作者(アレンジ) と演奏者の方がダニエル・コビアルカさんだとやっとわかりました。

それで、その後、たまたま彼が来日したことを知り、お会いする機会がありました。アメリカのこの分野の医療の世界の方々と近い様で遠かったり、お互い知り合ってないようでしたので、あわてて私がつないだりしてですね、米国のホリスティック医学の分野で有名な医療者とのご縁を作ったりした、という記憶がございます。

私はダニエル・コビアルカさんのお人柄もそうですけれども、彼の音楽で何に心を動かされたかといいますと、たとえば「ヒーリングのためのヒーリング」、もしくは「癒しのための癒し」というか、何か舞い上がっちゃって自分だけ陶酔してワーとなっちゃうような、そういう類のヒーリング音楽は、巷にも数多くあるんですが、彼の場合は、さすがに世界的な音楽家の武満徹さんや指揮者の小澤征爾さんとも交友があり、小澤征爾さんからは、彼にたのまれて長野の冬季オリンピックでも、バイオリン奏者として参加されている。そういうしっかりしたクラシックのベースがあるのが彼の音楽なんです。

そして、それを聞いてみますと、派手に飾ったようなものじゃなくてシンプルなんですね。何かこう、子どもの時代にかえったような「なつかしさ」があるんです。それでふと耳を傾けるとちょっと心がホッとして、思わずうれしくなるような、なつかしいようなあたたかさを感じます。

私は奇をてらった癒しというのではなくて、何かホッと自然に心に感じて、しみじみその開放感が実感できるようなものが、本当の意味での癒しとかヒーリングをもたらす音楽ではないかと思っておりますので、その点で彼の音楽に惹かれました。

シンプルなようで心にじわーっと響いてきて、なつかしいものをホッと思い出させてくれるのが彼の音楽です。

今回、日本の方々に、彼がこのようなコンサートの形で演奏してくれる機会がもうけられて、もっと日本の方々に彼の音楽の良さを少しでもご理解いただければ、友人として、とてもうれしく思います。」

  
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2008年04月05日

花粉症の症状の軽減に「即効性」があるというすぐれもの

花粉症の方は、花粉が飛び散る季節になると、ずっと憂鬱で、不快な気持ちをひきずって毎日を過ごさなければならないので、さぞかしストレス多くおつらいこととお察しいたします。

花粉症のシーズンになると、最近は白い普通のマスクではなくて、紙のようなきめの細かい繊維でできたマスクをしている人をよく見かけます。

やや不気味な姿にも見えます。

なぜかといえば、やはり顔の表情が暗いだけでなく、そのマスクの形から、まるでバルタン星人みたいな様相で、花粉症のない私は、一瞬、白装束で身を包む新興宗教かな、などと、その第一印象からつい思ってしまいました。

しばらくたってから、ああ、そうだった、花粉症のシーズンで、花粉よけにマスクをしているんだな、とわかる始末です。そう体の悩みや病気のつらさは、当事者でないと、なかなかわからないのが正直な現実でしょう。

最近のメルマガにも書きましたが、昨今、どうも、花粉症などのアレルギー症状を軽減するのに、かなり「即効性」があるものがあるようなので、あるお茶屋さんから聞いて、なるほどと思い、ひどい花粉症のある人に試してもらうと、やはり意外に、素直な「即効性」があるように感じたので、ご紹介することにいたします。

花粉症の本質的な対処に仕方については、過去に書いたブログ記事で、かなりくわしく解説いたしましたので、そういう本質的な体質改善を試みながら、そういうものを上手に活用すると、より効果があると思います。

今までの花粉症についての対策は、それぞれの過去の記事にアクセスして参照できるように、ここでも紹介しておきますので、よくくりかえし読んで活用してみてください。

さて、その、即効性があるものとは?

どうも「べにふうき」というお茶の品種に、メチル化カテキン((注)カテキン)というものが豊富に含まれていて、どうも意外な即効性があるようで、とくにかゆみを抑える抗ヒスタミン効果((注)ヒスタミン)があるようです。

通常の緑茶や、普通のお茶のカテキンでは、このような効能までは顕著ではないという情報があります。

実は、産学協同の長期プロジェクトとして「茶コンソーシアム」という研究プロジェクトがあって、その研究結果から、そのような効能があることがわかってきたようです。

そのくわしい研究データは、公開されているので、「茶コンソーシアム」のところをクリックして、皆さん自身で調べて、たしかめてください。

こういう研究のエビデンスが実際にあるので、今後、その効果的な活用や応用が、ますます期待されましょう。

私は花粉症ではないのでわかりませんが、ひどい花粉症の人に、「べにふうき」を試してもらい、感想を聞くと、たしかに、花粉症の症状の軽減に、けっこう即効性があるようで、皆さんでも、ためされるとよいかと思います。

お茶が原料なので、それほど販売価格も、他の健康食品のように高価ではなく、安価ですので、高いサプリをとるくらいなら、「べにふうき」は試してみる価値があると思います。

今、けっこう話題なようですので、検索して調べれば、いろいろ出てくるはずで、入手方法はいろいろあるようです。

日本茶は、最近では、米国系航空会社のフライトの機内でも、あたりまえに出てくるようになり、東南アジアでも、日本のGreen Tea( 緑茶 )は、ますます世界的にポピュラーなものになっていますね。海外でペットボトルでも広く売られています。

こういう日本の身近なものに新しい光を当てて再評価していくと、実は、自分たちの足元に、たくさん宝物があることを再発見できると思います。

今までに書いた花粉症対策についての過去の記事に、以下からリンクできて、参照できるようにしておきましたので、上手にご活用ください。


花粉症に関連するアドバイスを書いたブログ記事リスト


まだ続いている不快な花粉症の対策は?

花粉症対策の続き−1

花粉症対策の続き−2

花粉症対策の続き−3

花粉症対策の続き−4

花粉症対策の続き−5

花粉症対策の続き−6

実際にあったウソのようなホントの話

アレルギーとがん

無理矢理、症状を抑え込むこと

花粉症の季節を少しでも楽に過ごすには?

サプリには、効かせ方にコツがある

ダメ押し花粉症対策の決め手「急がば、回れ」

  
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