2009年06月25日

タイの厚生省、新型インフルエンザに関して、WHOに意見

つい最近のことですが、タイの厚生省が、WHO(世界保健機関)の新型インフルエンザに対する姿勢に、とうとう意見するようです。

WHOが、まるでむやみに世界の人々の不安や恐怖をかきたて、人々に精神的なパニックをひきおこすような、新型インフルエンザに関する発表をするので、タイの厚生省は、むやみに人々の不安を掻き立てるような伝達のしかたを、もっと考慮して行なってほしいし、パンデミックの定義も、再検討する必要があり、病気による死者の数などをもっと考慮したものにしてほしい、と、意見を述べるようです。

タイの厚生省、なかなかいい正論をいうつもりですね。

本当は、日本あたりが、こういう世界に対するリーダシップをとり、バランサー役をするべきなのですが、なさけないことです。

これくらいのことは、相手がWHOだろうが、世界中から言うべきだと思います。

実際、3月すでにあったらしい総会では、世界各国からWHOの発表姿勢に対して抗議にも似た意見が多数あったようです。



となると、うれしくなって、ついタイ厚生省をほめてしまいましたが、あの国は、まわりの状況に合せてイエスとノーを使い分ける顔があるので、単に他国の動きを見ていて、自分たちも、その状況の流れに遅れをとって国内から批判を浴びないように、あわてて、他の国の意見に便乗して、そうするだけなのかもしれませんが。

けっこうタイという国は、まわりの顔色を見て、かなり日和見的な行動をとる傾向が強い国ですからね。

でも、この前のブログで、私が単にでたらめをいっているわけではないことが、おわかりいただいたいたのではないでしょうか?

皆さん、よく物事を見て、自分の頭でよく考えて、あえて勇気を持って、どんなにもっともらしい権威であっても、「王様は裸だ」といえる気概を持ちましょう。

たとえ国連機関であってもです。

国際的な情報操作かもしれないパニック報道に惑わされないように!

Be a Good Thinker !

かしこく考え、かしこく自分たちの身を守りましょう。


  

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2009年06月23日

新型インフルエンザよりもはるかにおそろしい現実とは?

新型インフルエンザ・ウイルスより、もっとはるかにこわいものが実はあります。

実は、医療の医専門家たちが、くさいものにフタをしてしまって、わざと、その問題にふれることを避けているかのようです。

もっとこわいのは、人間が作った抗生物質のため、それに対応するべく学習し、どんな抗生物質を使っても死ななくなってきている、強力な耐性をもってしまった結核菌の方でしょう。

人間が、自分たちで、細菌をモンスターにしてしまったようなものです。

生命というものに対しての認識が甘いのだと思います。

細菌だって、なめたものじゃない。

細菌だって、生きています。

ですから、なんとか生き延びるために、学習し、それに適応しようと自分を変えていくのです。


ある地方の大学病院の外科医が、おしえてくれたことですが、高齢の患者さんが、結核になってしまった場合、今の結核菌は、もうほとんどの抗生物質に耐性をもってしまって、効く抗生物質は、もうあと1種類しかないのだそうです。

しかし、それを使って耐性菌ができてしまうと、もうまったく打つ手がなくなり、完全にお手上げとなるため、使いたくても使えないのだそうです。
すなわち、目の前のお年寄りは、やむをえず、見殺し、というわけです。

金にものをいわせれば、なんとでもなる米国では、どうやらその残りの抗生物質もすでに誰かに使ってしまったらしく、もし、それにも耐性を持つ結核菌が出現したら、もう打つ手がないことは、一般にはほとんど知られていないが、実は知られざる大問題なのだそうです。

私には、新型の豚インフルエンザの問題よりも、いかなる抗生物質にも死ななくなりつつある、人間自らがモンスター化してしまった結核菌の存在のほうが、大問題のように思われるのですが。

WHOは、なぜ、この問題は言及しないのでしょうか。

一国を揺るがすような巨大な製薬会社の製薬の利権が陰で巧妙に絡んでいる、この医療という世界の国際的な情報操作は、一筋縄ではいかないようです。

皆さん、生命の知恵を磨き、「自灯明」となるべく、かしこくなりましょう。

たとえ、どんなにもっともらしい権威に対しても、論理的に考えて、おかしいことはおかしい、「王様は裸だ」と見抜ける洞察力を磨いていきましょう。

一度しかない自分の大切な生命と、大切な家族と友人たちの命をしっかりと守るために。

  
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2009年05月28日

新型インフルエンザの患者に対する魔女狩りのような騒ぎをよく考えてみる

豚インフルエンザの話題ばかりが目立つようになってきましたが、その感染者を、まるで犯罪者扱いか、あたかも魔女狩りのするような、WHO ( 世界保健機関 )の、人々をむやみに恐怖にあおるようなプロパガンタは、もういい加減にしてもらいたいものだと思っています。

まるで、なぞの宇宙人エイリアンが、なぞのウイルスをばらまき、へたをするとそれで人類が絶滅するかのような騒ぎ方ではありませんか。

医療の専門家といわれる人たちの、コミュニケーション能力の貧困さ、頼りに全然ならないひ弱さとふがいなさには、がっかりさせられます。まるで無力で無能ではないか、とすら考えたくなってきてしまいます。

WHOのトップが、地球の人口の大多数を占める、衛生状態もよくない貧困層の人口への感染拡大を強く懸念して、強調する気持ちはわからないでもありませんが、今、すぐに感染予防に役立つことやできることを明確にして、まず対処できることから確実に対処して、目先のことで予防できることから確実に予防していこう、という具体的で明確なメッセージがまったくなく、やたら、むやみに人々の恐怖や不安をあおるような声明ばかりに終始しています。

インフルエンザ・ウイルスは、今までのものも、新しいものも、どれも、熱には非常に弱いのですから、豚だろうが、鳥だろうが、かならずよく火を通してから食べる、とか、当然、あたりまえの論理的な対処の仕方が、まず指摘されてしかるべきです。

また、よく手を洗う、マメによくうがいをする、疲労をためない、よく十分な睡眠をとる、飲食に気をつけ、暴飲暴食のような、免疫力を落とすような生活習慣は送らない、健康的な生活習慣を守る、など、伝えるべきメッセージはいくらでもありますでしょうに。

WHOのだらしなさにくらべて、たまたま新宿の紀伊国屋書店で見つけた、小さな子供向けのインフルエンザ対策の本では、まさに、今述べたような、今すぐにできることからはじめて、免疫系を守り、予防効果を高めるような具体策が、かなりしっかり書いてあって、こういう医療専門家も、まれにいるのだな、と感心したものでした。

ワクチンができなければ、終わりだ、絶望だ、みな、間違いなく全員がかかってしまうにちがいない、というような、頭でっかちな妄想というか、思い込みは、いったいどこからでてくるのでしょうか?

まるで、新型インフルエンザにふれた人は、かならず感染するような伝え方、騒ぎ方をする。

実際、かかる人もいるが、全然かからない人もいるというのが本当の事実。

ましてや、ワクチンという獲得免疫だけが生態防御のはたらきじゃないですよ。

自然免疫のはたらきだって、あるし、たのもしい生態防御のはたらきは、そんなに、頭でっかちな人たちの思い込みをはるかに超えて、たくましくはたらいています。

また、狩猟民族である西洋流の思考の弱点が、未知なるものへの異常なまでの恐怖心、というものでしょうね。昔、ヨーロッパで大流行したコレラやぺストなどの疫病の悪夢が、彼ら病気の原因を外に求める傾向の強い西洋医学を勉強しすぎた人々や西洋人のDNAに根強くこびりついているかのようです。

笑いが止まらないのは、マスクの製造会社と、政府からも早急なワクチン製造をせかされて、助成金などが政府から入ってくるであろう製薬会社ばかり。

鳥インフルエンザが大流行するぞ、とさんざん脅かしておいて、どうも、大流行の火がつかないと思いきや、急に、今度は、豚インフルエンザの恐怖ときた。

エイリアンAが広まらないなら、エイリアンBだ、とばかり。

「オオカミが来た!オオカミが来た!」と騒いで、オオカミが来ず、ほんとうにオオカミが来たときに、再びそういっても、誰も信用してくれなくなった、という「オオカミ少年」の寓話を思い出します。

SARSのときだって、WHOは、まだ問題が解決したわけでもないのに、政治的に終結宣言をして、それを鵜呑みにする判断力の低い多くの人間たちが、いっせいにマスクをはずした、などという、実にいい加減な対応を思い出します。

終結宣言をしたときに、まだSARSのワクチンが完成したわけではないのですよ。

じゃあ、あれだけ、あおっておきながら、なぜ、SARS終結宣言ができるわけでしょうか?


さて、ここでよく考えてみましょう。

ウイルスの飛沫感染を防ぐといっても、もちろん、くしゃみや咳のときの、つばきや痰が直接、入ってくるのは防げても、ウイルス一個の大きさをサッカーボールにたとえれば、マスクの穴の大きさは、東京ドームくらいあるのだから、マスクでウイルス感染を防げると考えること自体が、あまりにも科学的なかしこい判断とは、とても思えません。

このテーマは、米国の有名なアンドルー・ワイル博士と、メールで、ときどき話題にして、「日本でもみんなマスクしているのかい?」と、2人でよく苦笑しています。

まったく無駄とはいいませんが、ほとんど科学的にいったら、ほとんど意味がないと思います。

WHOトップの医療専門家たちによる、人々への恐怖のあおり方は、異常というか、ヒステリックというか、コミュニケーションのしかたや伝え方をよくわきまえず、人の心理への影響を理解していない、まるで人々を集団パニックか集団ヒステリーに扇動しているような、あまりに思慮の足りない、浅はかなものであるように思われてなりません。

自分たちにあまりに打つ手がないため、マスクを奨励することで、かろうじて、何か具体的なやっているように、表面上、見せかけているに過ぎないのではないか、と思われてもしかたありません。

科学的な、まず、すぐにできることからはじめて、われわれの免疫系をいかに守るか、という議論ではなく、適当に、政治的に、もっともらしく、何か政策をやっているかのように、見せかけたにすぎない、と思われてなりません。

たとえ、国連機関の専門家が言ったことでも、まさに、「王様は裸だ」ということは、よくあることだと思います。


皆さん、たくましく、したたかに、賢くなりましょう。

38億年の生物の進化の歴史を、たくましく勝ち抜いてきた人間の生命の生態防御のはたらきと知恵は、そんなにやわではないと思いますよ。
  
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2009年03月30日

世界150カ国から患者さんが集まってくる、国際的な5スターホスピタル

タイの首都バンコクのど真ん中に、ブンルンラッド病院という私立の病院がある。

ここには、その評判を聞きつけて、世界150カ国から患者さんが集まってくる

なぜかといえば、5スターの病院といわれるほど、ホテル並みの行き届いたメディカル・ケアや医療サービスが受けられるからである。

米国の医療機関でトレーニングを受けてきた腕の立つ優秀な医師たちの存在もさることながら、一流の医療設備を誇りながら、とても親切で、あたたかみのあるスタッフの対応が、高い評判となっているようなのだ。


ホスピタリティのある医療サービスとは、実際に、どういうものなのか、大いに参考になる事例だと思う。

タイの一般的な病院と比べれば、高額だが、米国の目玉が飛び出るように高い医療費から比べれば、かかる治療費は、手術やその他の治療費と快適なホテルのような入院費用を含めても、だいたい米国でかかる費用の5分の1以下ですむようなのだ。

そういうところが魅力となって、技術を誇り、高額な割には、かならずしもサービスの質がよいとはいえない米国の医療を逃げ出した患者が多く利用するようになってきている。

高くて不親切な米国の病院よ、さようなら、というわけである。


たとえていうと、米国の国際線のフライトの機内サービスを思い出してみれば、米国のサービスといわれるものの質が、いかにホスピタリティのない、雑でレベルの低いものであるかは、想像がつくのではないだろうか。

米国の高度な先端医療技術は評価できても、米国のあまりに高すぎる医療費は最悪で、決して、他国が絶対にマネをしてはならないものだろう。

参考までに、Bumrunrad Hospitalの情報をYouTubeで、読者の皆さんにお届けします。

ただし、英語のままですので、あしからず、申し訳ありません。



  
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2008年12月20日

うれしいご報告

さて、うれしいご報告です。

このたび、私の志の原点ともいえる大切な本の完全リニューアル最新バージョンが新刊として、完全復活いたしました。

ハードカバーの単行本として、デザインも内容も新たによみがえりました。

思いをこめた本の親としては、うれしくてなりません。

題名は「「治る力」の再発見―自然治癒力を生む生命の原理」( 大塚晃志郎 著 日本教文社 刊 )。12月21日発売です。

「治る力」の再発見−自然治癒力を生む生命の原理
内容も大幅な加筆を行い、最新のトピックも盛り込み、まったく新しい感じの本として、よい出来に仕上がりました。デザインにもこだわりました。

手っ取り早いハウツー的な内容ばかりが求められがちな世の中で、なかなかズバリ本質的なことを本音で書かしてもらえないような今日の出版事情の中にあって、心ある人たちに息長く読み継がれ、お役に立てることを願っての完全ニューバージョンです。

この本をヒントに、いざというときでも、しなやかで、たくましい、真に「強い自然治癒力」を発揮して、元気を取り戻していただきたい。

是非、お読みいただき、自然治癒力を生かした健康回復に役立つ考え方や発想が凝縮されておりますから、是非、ご友人などに、おすすめいただけたら、とてもうれしく存じます。

この本を新刊として発行するにあたっては、日本教文社第2編集部の田中晴夫さんには、とてもお世話になりました。

私の妥協のないこだわりに共感していただき、まったく新しく本をよみがえらせてくださった田中さんには、心より深く感謝しております。

なお、日本教文社のご好意で、本のあとがきの一部は、このブログで公開してもいいとの許可をいただきましたので、以下、一部をご紹介させていただきます。

このあとがきの一部を読んでいただければ、なぜ私が、「治る力」、すなわち、自然治癒力の本質を書きたかったのか、そのわけと、これからのビジョンが、ご理解いただけると思います。


「                あとがき

 この本は、私にとって、原点ともいえる本である。一種の使命感をもってとりつかれたように書いたこの本は、私の出発点であり、私の志の原点ともいえる。医療の世界のさまざまな現実の難しさに遭遇するたびに、その初心を思い起こさせ、あらためて勇気をよみがえらせてくれる、私自身にとっても大切な本である。

 多感な高校生のころ、社会や学校や、そして自分自身の中にもある矛盾に悩み、それを克服しようと、必死になって、なかなか見えない自分の道を求めていた時期、自然に「人間とは何か」「生命とは何か」という根源的なテーマが、自分の人生で探究していくライフワークのテーマとして、しだいにしっかりと自分の中に根を張ってきたように思う。

 そのようなテーマに心がとりつかれていた二〇代前半、高度な医療技術を持っているはずの現代医学の恩恵を受けている人たちが現実に存在する一方で、そのようなレベルの高い医療を受けているはずなのに、なぜかよくならず、かえって悪化している人たちもかなりいる現実に直面させられた。ところが、現代医学でなかなか治らないような人たちの症状が、薬も使わず、手術もせずに、実にシンプルなやり方で、着実に目に見えて好転していき、ついには治ってしまうという実際の場面に何度も出くわすことになる。(もちろん、手術や薬物を不要と言っているわけではないので、誤解はしないでいただきたい。)

 今まで、現代医学の高度な医療技術の恩恵を得て、ずっと治療してきたにもかかわらず治らなかった人たちが、薬も使わず、手術もせずに、よくなっていったのは、一体なぜなのか。なぜそういうことが実際におこるのか。その理由を知りたいという強い欲求にとりつかれた。また、「なぜ、生命は、そうはたらくのか」「生命は、なぜ、そのようなプロセスを経て、治癒へと向かうのか」と、問いは尽きなかった。

 しかし、実際の現実は、悪戦苦闘の連続で、何度も断崖絶壁に一人立たされ、あえて勇気をふりしぼって決断しなくてはならないような体験をいくつもした。そういう試行錯誤を積み重ねていくうちに、しだいに、いろいろな方法に共通する根本的な「治癒への原理」があることに気がついた。いいかえれば、「治病の共通原理」というものがあることがしだいに見えてきたのである。


                 ( 中略 )


 今後は、2015年以降に、日本が、世界に誇れる本物の実力と内容を伴ったホリスティックなケアを実践する本格的な統合医療ホスピタル・モデルを、まさに東西医療の知恵の結晶として、世界で初めて日本で作れないものかと、ビジョンを練ってあたためているところである。他の国でも実現は可能であろうが、ほんとうにきめの細かい、こだわりのある「質の高い」全人的ケアと統合医療サービスの実現は、やはり「察する」文化として繊細な感性を持ち、大局的に東西文化を公平に見渡せる立場にあり、経済力でも、技術力でも、人間力でも、非常に高い水準を誇る日本こそが、世界に冠たる本物の中身の充実したモデルを作りうるポテンシャルを持っていると思うし、また、それを世界に堂々と示すべき時期に来ていると思う。 

 また、そういうヒューマンタッチな全人医療をめざすホスピタル内の施設では、たとえば、優秀な東西の医療の実力を備えながらも、映画が見られるシアターがあってもいいし、音楽コンサートや落語が聴けるコンサートホールがあってもいいのだ。

 「ホスピタル」とは、単なる病気にかかった人の収容施設としての「病院」ではなく、心あるホスピタリティにあふれた全人的なケアを施し、患者に生きるよろこびと希望をよみがえらせ、生命力をしっかり回復させていくような場としての「ホスピタル」でなくてはならない。患者さんの生きるよろこびが息を吹きかえすように復活してくるような環境空間こそが、真のホリスティックな統合医療ホスピタルのモデルとなりうるのである。 

 体に不調があって、いざ行くべき診療科がわからなくとも、ちゃんと総合的に東西医療両面の知恵から診断予測をしてくれ、必要とあれば、すぐに専門の科に連絡をとり、さらに専門の立場からくわしく検討と対処をしてくれる。そういう中で、どういう治療や指導が、その患者さんにとって最良の選択になるか、東西医学と他の有効な相補・代替医療の中から、あらゆる可能性を患者の立場に立って検討してくれる、そんなホスピタル。救急医療にも、外科手術の前後にも、東西医療の知恵が共に大いに生かされるホスピタル。ホスピタルの中に足を踏み入れたとたんに、心も癒され、気持ちが明るくなるようにデザインされたホスピタルの環境空間。こういうホスピタルをあなたはほしいとは思わないだろうか?

 これは、医師や医療行政をあてにして、人まかせにしてもだめで、そういうものを実際に作っていく主役は、実は、読者の皆さん方なのである。とくに、自分自身の命に重い責任のある、社会の指導的立場にある全国の企業家などの方々が、自分自身と家族、会社の社員の健康と命を守るためにも協力し合って、資金と知恵と人材を集め、真剣に、そのような全人的な統合医療ホスピタル・モデルの実現に取り組まないと、本当にバランスのとれた、ベストといえるものはできないように思う。

 そのためにも、まずは、皆さんが「生命の知恵」、強い自然治癒力を生む知恵に気がつき、その大切さと威力を理解し、実感していただきたく願っている。すべては、そういう足元にある「生命の知恵」を再発見することから始まるのである。



                 ( 後略 )

                                            」

まあ、とにかく読んでみてください。

魂をこめた、いっきょに読める本。ずばり内容は本質的て、具体的で、哲学の芯が通っていながら、それでいて、感性には詩的なリズムの漂う、知と情の通った生命と人生の知恵の讃歌ともいえる内容になっています。

健康の問題で、何かご苦労のあった体験を持つ方ならば、なおさら、目からウロコのように、生きる力と元気が湧いてくると思います。

  
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2008年11月25日

インフルエンザと風邪の予防をかしこく行なう

けっこう寒くなってまいりましたので、ここで、皆さんがいやがるインフルエンザや風邪を、かしこく予防する知恵をお伝えしましょう。

基本となる大前提の考え方は、「免疫系のはたらきが、元気でマットウに、バランスよく、しっかりしていたら、大丈夫」ということですね。

そのためには、実にシンプルで基本的なことが、モノをいいます。

(秘訣その1) 疲れたら、無理をせずに、すぐ休む。

疲れたときは、すぐに十分休む。ここで無理をするから、免疫系のはたらきを落とし、インフルエンザや風邪にかかりやすくなるわけです。

ところが疲れをためやすいのが、無理をしての睡眠不足。睡眠不足をすると、思いがけないくらい免疫系はダメージを受けるんですよ。

水虫のある人なら、睡眠不足で、すぐに悪化します。

だから、次のような、あたりまえのことが重要になります。

(秘訣その2) 十分な睡眠をとる。

夜更かししてませんか?

夜更かしすると、免疫系のはたらきは、がくんと落ちますよ。

また、がんは夜中に進行する、ともいいます。

さて、次は?

(秘訣その3) 食べ過ぎない、飲みすぎない。

暮れにかけては、なにかとおつきあいの多いときですが、食べすぎ、飲みすぎも、体に負担をかけ、何かと胃腸を酷使して、疲れさせる原因となりますね。

とくに脂っこいものやお酒は、体にいつのまにか負担をかけてしまいます。

小腸には、知られざるガンマー・デルタT細胞群という、非常に優秀な免疫系軍団がいるのですが、そこにべたべたと汚れたアブラがべったりとこびりつき、お酒で腸の粘膜をただれさせれば、当然、免疫系のはたらきは、がくんと落ちます。


また、食べ過ぎれば、腐敗した便も腸内にたまりやすくなり、血液を汚します。

疲れがたまり、睡眠不足のところにもってきて、食べすぎ、飲みすぎで体に負担をかけて、血も汚れれば、当然、免疫系のはたらきを落としますから、そこに、インフルエンザとか風邪のウィルスが入ってきたときに、弱っている免疫系ではうまく防衛ができなくなるわけですね。

ですから、次のようなことも大切になります。

(秘訣その4) うんこをためない。常に便通を良くしておく。

ようするに、体の中に腐敗物をためない排泄力をつけておく、ということですね。こういう大前提のことをやっておいてから、次のようなことをやると、功を奏します。

(秘訣その5) 毎日、マメに、うがいをする。

マメにうがいをすることがいいことは、言うまでもありませんね。

そして、疲れを感じたときや、ぞくぞくと寒気がしたときや、体がだるいときには、次のようにします。

(秘訣その6) 首のうしろの首筋のところを、熱いタオルか何かで、しっかりあたためます。

(秘訣その7) そのあと、熱い白湯を飲みながら、今度は、かなり熱いお湯を入れたバケツに、片足ずつ、できたらひざくらいまでを、お湯に入れ、すこしがまんします。熱いので、左右交互にくりかえしお湯の中に足を入れて、両足とも、ひざ下が真っ赤になるくらいまでにします。

(秘訣その8) そして、そのあとは、両足に厚手のソックスをはいて、ソックスをはいたまま、すぐ寝て、ぐっすり休みます。

このやりかたは、風邪のひきはじめに効果抜群です。試してみてください。

そして、殺菌力のある長ねぎや玉ねぎをたっぷりつかった食材と食物繊維によって、しっかり便通をつけ、腸の働きをよくし、味噌なべのような、体が芯からあたたまるようなものを摂るとよいでしょう。

そこで、冷えから体を守り、インフルエンザや風邪の予防にあって、体を芯からあっためてくれ、便通を抜群によくしてくれるスグレモノがこれだ!

(秘訣その9) 寒いときは「玄米のねぎ入り味噌雑炊」を、頻繁によく食べるようにする。

以上、ごくごく当たりまえに思えるようなシンプルなことを、きちんと、やってごらんなさいな。

今年の冬は、周りの人たちが風邪をひいていても、あなたとあなたのご家族は、風邪知らずですよ。

薬ばかりあてにして、自分の免疫力をアップすることを忘れちゃったら、それじゃ、ただの薬の奴隷になってしまいますね。

巧みな薬屋さんの宣伝にのせられませぬように。

最高の自家用薬は、皆さん自身の体がちゃんと作ってくれるのですから。

それでは、また。

  
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2008年04月05日

花粉症の症状の軽減に「即効性」があるというすぐれもの

花粉症の方は、花粉が飛び散る季節になると、ずっと憂鬱で、不快な気持ちをひきずって毎日を過ごさなければならないので、さぞかしストレス多くおつらいこととお察しいたします。

花粉症のシーズンになると、最近は白い普通のマスクではなくて、紙のようなきめの細かい繊維でできたマスクをしている人をよく見かけます。

やや不気味な姿にも見えます。

なぜかといえば、やはり顔の表情が暗いだけでなく、そのマスクの形から、まるでバルタン星人みたいな様相で、花粉症のない私は、一瞬、白装束で身を包む新興宗教かな、などと、その第一印象からつい思ってしまいました。

しばらくたってから、ああ、そうだった、花粉症のシーズンで、花粉よけにマスクをしているんだな、とわかる始末です。そう体の悩みや病気のつらさは、当事者でないと、なかなかわからないのが正直な現実でしょう。

最近のメルマガにも書きましたが、昨今、どうも、花粉症などのアレルギー症状を軽減するのに、かなり「即効性」があるものがあるようなので、あるお茶屋さんから聞いて、なるほどと思い、ひどい花粉症のある人に試してもらうと、やはり意外に、素直な「即効性」があるように感じたので、ご紹介することにいたします。

花粉症の本質的な対処に仕方については、過去に書いたブログ記事で、かなりくわしく解説いたしましたので、そういう本質的な体質改善を試みながら、そういうものを上手に活用すると、より効果があると思います。

今までの花粉症についての対策は、それぞれの過去の記事にアクセスして参照できるように、ここでも紹介しておきますので、よくくりかえし読んで活用してみてください。

さて、その、即効性があるものとは?

どうも「べにふうき」というお茶の品種に、メチル化カテキン((注)カテキン)というものが豊富に含まれていて、どうも意外な即効性があるようで、とくにかゆみを抑える抗ヒスタミン効果((注)ヒスタミン)があるようです。

通常の緑茶や、普通のお茶のカテキンでは、このような効能までは顕著ではないという情報があります。

実は、産学協同の長期プロジェクトとして「茶コンソーシアム」という研究プロジェクトがあって、その研究結果から、そのような効能があることがわかってきたようです。

そのくわしい研究データは、公開されているので、「茶コンソーシアム」のところをクリックして、皆さん自身で調べて、たしかめてください。

こういう研究のエビデンスが実際にあるので、今後、その効果的な活用や応用が、ますます期待されましょう。

私は花粉症ではないのでわかりませんが、ひどい花粉症の人に、「べにふうき」を試してもらい、感想を聞くと、たしかに、花粉症の症状の軽減に、けっこう即効性があるようで、皆さんでも、ためされるとよいかと思います。

お茶が原料なので、それほど販売価格も、他の健康食品のように高価ではなく、安価ですので、高いサプリをとるくらいなら、「べにふうき」は試してみる価値があると思います。

今、けっこう話題なようですので、検索して調べれば、いろいろ出てくるはずで、入手方法はいろいろあるようです。

日本茶は、最近では、米国系航空会社のフライトの機内でも、あたりまえに出てくるようになり、東南アジアでも、日本のGreen Tea( 緑茶 )は、ますます世界的にポピュラーなものになっていますね。海外でペットボトルでも広く売られています。

こういう日本の身近なものに新しい光を当てて再評価していくと、実は、自分たちの足元に、たくさん宝物があることを再発見できると思います。

今までに書いた花粉症対策についての過去の記事に、以下からリンクできて、参照できるようにしておきましたので、上手にご活用ください。


花粉症に関連するアドバイスを書いたブログ記事リスト


まだ続いている不快な花粉症の対策は?

花粉症対策の続き−1

花粉症対策の続き−2

花粉症対策の続き−3

花粉症対策の続き−4

花粉症対策の続き−5

花粉症対策の続き−6

実際にあったウソのようなホントの話

アレルギーとがん

無理矢理、症状を抑え込むこと

花粉症の季節を少しでも楽に過ごすには?

サプリには、効かせ方にコツがある

ダメ押し花粉症対策の決め手「急がば、回れ」

  
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2008年03月28日

米国の友人が脳卒中で倒れる

ごぶさたしてしまい、申しわけありません。

ニューヨーク在住で、コーネル大学の終身教授をやっている米国人の親友が、無理がたたってか、突如、脳卒中で倒れ、言葉と腕に自由がきかなくなってしまったので、急遽、ニューヨークに飛び、一週間のあいだ、毎日病院にお見舞いに行くとともに、回復への指導もしてきました。

人から信頼が厚く、頼りにされ、頭の切れ、バリバリ仕事もできる、やり手で活動的な人が、突然、体の自由が効かなくなると、大いに活躍していた人ほど、ショックが大きいものなんです。バリバリやっていた社長さんなんかは、まさにそうですね。

私も、ずいぶん昔にネパールで倒れ、骨と皮になってしまったことがありますから、あのときの、自分の気持ちを思い出しました。両手の指をあわせて輪を作ると、その中にスッポリ足の太ももの部分がおさまってしまうなんて信じがたいでしょう?でも、そうなってしまったんですね。ほんとうになさけなく、みじめでした。

人から頼られるしっかり者と見られている人は、いやなもので、表向き弱音も弱気も見せないで、平気なそぶりをしているため、みな、「ああ、彼はしっかりしているから大丈夫だ、安心だ」などとタカをくくって、本気で心配してくれなかったり、それが弱っていて気持ちが敏感になっていると、えらく薄情に思えてきたりするんですね。

彼は誰からも頼りにされる、とくに乳がんの指導では、数多くの末期患者の命を救ってきた天才肌の男なんです。多くの人は彼をあてにして頼りにできるけど、彼には頼れる人がいないわけなんですよ。

これはけっこうつらいものがあります。苦しいですよ。弱い立場になっても、体がついていかなくても、どこかつっぱっていなけりゃならない。

こういうことを理解してあげる人が意外にまわりにいないで、彼に迷惑ばかりかけている。病院にいる彼に、さらに追い討ちをかけるように、次から次へと自分と自分の家族の蒔いたトラブルについて、彼を頼って、あれこれ子どものように病室に電話をして相談してくる人がいるのですから、たまりません。

人の心に超鈍感な人っていますね。相手に追い討ちをかけて、無邪気に笑いながら、苦しんでいる人にさらに焼きごてを押し付けているようなものですね。

最初、病室に足を踏み入れたときは、友人は、わざとしらとぼけて、「ああ、ニューヨークで何かの会合か何かあったのかい?」などと、しらとぼけていましたが、「いいや、君を助けるために来たんだよ。」と、はっきり伝え、毎日、その入院中のリハビリ病院に通い、薬にたよらないで回復するための具体的なノウハウをおしえ続けました。

がんばっている人ほど、自分が突然こけてしまったときのショックはかなりのもので、非常に大きな心の傷になっていたりします。「こんな状態になってしまうなんてなさけない、自分がふがいない」とつい嘆き、内心すごくあせるのです。

ここらへんまで見抜けなければ、本物の医療じゃない。

だから、「今はただよくなることだけに集中して、他のことは考えずに、禅の坊主になったつもりで、無心でいなよ。」と、くりかえし彼を諭しました。

そう休むときは、休むに徹しなければなりません。

より早く確実に回復するためには、「急がば、まわれ」なんです、ほんとうに。

早く完全に治りたいなら、あせらないで、目の前のことに淡々と取り組むほうがよいのです。バリバリやっていた人ほど、せっかちにあせります。社長さんに多いですよ、こういうせっかちなタイプ。だから、かえって治しきらなくなってしまう。

一週間、ニューヨークに滞在して、毎日病院通いをしたあと、友人と別れる際、いつもはとても冷静な彼が、男泣きをしていたのには少々驚きました。やはり、よっぽど内心うれしかったんだと思います。

彼には恩もあるし、ほんとうに無二の親友と思っているので、また、将来的にも、いっしょに有意義な仕事をしていきたく思っている同僚、同志でもあると思っているのです。

だから、こういうケースは、倒れたあとタイミングよくどういう上手な対処をしたかで、その後の回復の度合いが決まってしまうので、「やはり、ここは友人として、黙って見ているわけにはいかん、できる限りのことはやってやらんと、いかん」と強く思い、あえてニューヨークにまで来たわけです。

ほんとうに思い切って来てよかった、と思いました。また、現場に足を運び、本人と直接、話ができると、より正確な現状把握と判断ができますからね。

やはり現場に足を運ばないと、ほんとうのことはわかりません。

まわりから聞いた情報には、かなり誤解や間違いがありましたから。

そこは、ニューヨーク大学のリハビリ専門病院でしたが、かなり自由で、明るい雰囲気で、見直しましたね。

そのレポートもいずれ書きたいものです。

ニューヨークですから、病室にいる人も、まさに人種のるつぼ。

ユダヤ教のキャップを頭にかぶった患者さんもいましたよ。

よく研修医がまわって、友人に声をかけていましたが、だめな医者とそうでない医者は歴然としてますね。

だめな奴は、やたら覚えたての血圧の知識を総動員して、もっともらしく数値の分析をして説明していました。いらないって、そういうまことしやかな医学知識のぶりっこは!

そういうことやれば、患者さんはますます数値にとらわれ、それを気にして、その数値の変化に一喜一憂するようになり、じっくり腰を落ち着けて治せなくなるじゃないですか。

これだから、知識偏重の暗記型秀才医者は困る。

相手は、生身の人間ですからね。そういうことをいったら、相手がどのように感じてしまうかくらい考えろよな、といいたい気分でしたね。


できる奴は、なにげない話を明るくしながら、同時に、相手の様子をよく観察していて、すでに患者さんの体調の変化をしっかり読んでいるんですね。

知識の暗記よりも、目の前にいる生きている患者さんの様子を正確に観察・判断できる人のほうが名医でしょうね。

いい医者になる人は、一回は死にそうな病人になるくらいの経験しないといけませんね。

  
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2008年01月14日

ある賢人の卓見

 先回の記事を書いたあとで、以前していただいたトラックバックから、その方の書いたブログ記事のシメの言葉を読んで、思わずあらためてうなりました。

 それは、以下のようなものでした。あまりに見事なので、あらためてここに引用させていただきます。


「マスコミは何も知らず、また何もしない。

 官僚は何でも知っているが、何もしない。

 政治家は何も知らないが、なんでもやってしまう。

 経済学者はすべてのことを知り、すべてのことを行なう。

 しかし、遅きに失する。」   ― 木村 剛



実は、これは、私が以前ご紹介した精神科医ディビッド・ビスコット博士が、本の中で紹介していた言葉のリズムをそのまま使って、見事に金融・経済を専門とする達人、木村 剛 氏が、かしこく現代日本の世相を表わす表現にしてしまったわけです。

製薬会社と厚生労働省の役人との癒着や談合について、先回書いた後で、この木村 剛 氏が言い換えてくださった文章を読みかえしてみますと、「うーむ、お見事!」としかいいようがありません。まさに、現代の賢人です。おーい、誰か座布団1枚、木村先生にやっておくれ〜。

医療経済を含めた医療の世界に映し出しても、このようなことがズバリいえると思われるので、元の米国の精神科医が述べた文章の「リズム」に見事「呼吸」を合わせて日本の経済政策をあらわしてしまう、詩才ある木村 剛氏の見事な洞察力に、思わず拍手を送りたくなりました。


これは、木村経済語録の名言にされてもよいかと思われます。

  
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2008年01月05日

インフルエンザ・ワクチンは、役に立たないようです

このブログは、おもに経営者とそのご家族の健康管理や「命もうけ」に、お役に立ちそうな目からウロコの情報や知恵を、できるだけわかりやすくお伝えすることを目的としています。

あけましておめでとうございます!

心ある読者の皆さんにとって、かしこくたくましく健康で幸せで実り多い1年でありますように!


さて、夜が冷える1月になり、受験シーズンもピークとなり、インフルエンザについての話題がマスコミ等で騒がれているようですね。

どうも企業でも、保健所でも、インフルエンザ・ワクチンを接種することを予防法として奨励している傾向があるようですが、私は、インフルエンザ・ワクチンの有効性について、かねてより大きな疑問を持っていました。

なぜならば、ワクチンを製造するには時間がかかりますし、インフルエンザのウイルスは、シーズンごとにどんどん新たに変化してあらわれますから、今まで有効だったワクチンが今度も効く保証はないし、むしろ、インフルエンザ・ワクチン接種によって、弱っていた体の人が、もろインフルエンザそのものにかかってしまったり、むしろその副作用や害のほうが目立つ場合がかなりあるのが事実であるのに、ひたすら厚生労働省や医師たちは、そういう事実を見て見ぬ振りして、きちんと直視しようとはしない傾向があるからです。

誰か感染症の専門家がはっきりそういう事実をいってくれるといいのですが、ほとんどの医療者は、「臭いものにフタ」、自分にとって得にならないことには沈黙したままで済ます傾向が強く、ため息をついて現状をながめていました。

ところが、やはり生命に直結した女性の「母性の力」というか、肩書きにとらわれない強さというか、その道の専門家が、はっきりと「インフルエンザ・ワクチンは役に立たない。打つとかえって害がある。」と、はっきりと本に買いてくださったので、非常にうれしく、ありがたく、広く心ある読者の皆さんに推薦する次第です。

本の題名は、ストレートに「インフルエンザ・ワクチンは打たないで!」(双葉社)で、著者は 母里啓子 先生インフルエンザ・ワクチンは打たないで!
著者のプロフィールを拝見すると以下の通り。

母里啓子 先生

1934年東京都生まれ。医学博士。
千葉大学医学部卒業後、伝染病研究所(現・東京大学医科学研究所)でウイルス学を修め、愛知県がんセンター研究所に勤務。在職中に、カナダのトロント大学オンタリオがん研究所に2年間留学。帰国後、東京都がん検診センター検査課長、横浜市衛生研究所細菌課長を経て、国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部感染症室長、同附属図書館長、のち、横浜市の瀬谷、戸塚、旭の保健所所長、介護老人保健施設「やよい台 仁」の施設長を務め退職。『おおきい・ちいさい・よわい・つよい』(ジャパンマシニスト社)編集委員。著書多数。


しっかり感染症の専門家で、医療行政の現実にじかに関わってきた方であることがわかります。

そのような感染症専門家が、医療行政の現場に実際に関わってきた立場から、あたかもあえて悪いくじを引いて、勇気を持って書いてくれてくれたような、その本の内容は、著者と出版社によれば、次のようになります。

「 インフルエンザ・ワクチンは効きません。 関係者には常識です。

1.日本で接種が始まった当初から関係者にはわかっていました。効かないということが。

2.効果がないので1994年には小中学生への集団接種も中止されてしまったほどです。

3.効かないことは厚労省もわかっています。「流行対策がない」との批判を避けたいだけです。

4.インフルエンザ・ワクチンは血液中にしか抗体を作れず、のどや鼻には抗体ができません。ウイルスはのどや鼻から入るから感染はまったく防げないのです。当然「家族や周囲の人や乳幼児にうつさない」ということも不可能です。

5.インフルエンザ・ワクチンはもともと流行を予測して作られているだけ。そのうえに、インフルエンザ・ウイルスは日々猛スピードで形を変えるので効果は期待できません。

6.インフルエンザ・ワクチンは、製法上、弱い抗体しか作れません。殺したウイルスの、さらにその一部だけを使って作るので、体内で増えず、ウイルスの一部に対する抗体しかできません。

7.高齢者の肺炎や乳幼児の脳症はインフルエンザとは無関係です。「かかっても重症化を防ぐ」も嘘。そのようなデータは全くありません。

8.「打っておいたほうがいい」どころか副作用があるから怖いのです。死亡者も出ています。打たないほうが安全だし安心です。そもそもワクチンは病原菌なのだし薬事法上は劇薬です。接種にはもっと慎重であるべきです。

9.効かないことを知っている医師も多いのですが、患者離れが怖いから言えないのです。

10.インフルエンザ・ワクチンは儲かるからなくならないのです。皆さんも、マスコミやお友達の言うことを真に受けずに、この本で真実を知ってください。 」



思わず、のけぞってしまうような目からウロコの証言ですね。

私は、やっぱりなあ、と、このような本をあえて書いてくださった母里先生に、心から感謝したい気持ちで一杯です。

感染するかもしれないという人の恐怖心につけこんで、ワクチンを売りさばきたい製薬会社にとっては、余計なことはいうな、と医者と医療行政を抱き込んで、いろいろな圧力やいやがらせを、このような先生にかけてくるのは必至でしょうから、ほんとうによくぞ書いてくださった、と言いたい気持ちです。

ただし、皆さんにお願いしておきますが、インフルエンザ・ワクチンをするしないの判断は、かならず自分自身の頭でよく考えて、あくまで自己責任で判断してくださいね。こういった情報は、あなた自身の判断のためのあくまで材料にすぎません。あくまで自分で決めてください。私は自己責任で、もちろんワクチンの接種などしないし、家族にもさせませんが。自分と家族の命に関する重要な決定は、自分たちで判断して決めてください。

さて、ズケズケとモノを言う口うるさい舛添厚生労働大臣になってから、次々と隠してきた事実として出てきた、厚生労働省の役人と製薬会社との癒着と談合の現実

つるんで、故意に、血液製剤の輸血によるC型肝炎感染者の存在を隠蔽し続けてきた事実は、ほんとうに悪質なひどいもので、いつのまにか知らぬ間に感染者にさせられていた患者さんたちは、ほんとうにお気の毒に思います。

ただあの事件で、一番悪いのは、製薬会社とつるんで故意に事実を隠してごまかした、当時の厚生労働省の担当官たちと、そして、なんといっても最も凶悪なのは、わかっていて故意に隠すよう役人を抱きこんで「画策」した製薬会社の連中ではないでしょうか?

国の責任といって、国に補償を求める、といっても、その補償となるお金は、C型肝炎感染者の方々をも含めた国民皆の払った税金から出るのであって、国民全員が連帯で補償するようなものです。この場合、日本人同士の助け合いという意味では、それもやむをえないでしょう。

その蔭で、しっかり一番悪質な製薬会社が、国にばかり責任をなすりつけて、国の責任ばかりがマスコミで注目される中、自分たちの最凶悪の犯罪に直接触れられないよう、じっと息を潜め、ほとぼりが冷めるまで様子をうかがっています。許しがたい犯罪者たちがぬくぬくと責任を逃れています!

私は何よりも、過失ではなく、故意に、危険を知っていながら、血液製剤を売り、使用させた製薬会社と、当時の厚生労働省の担当責任者が、その「殺人」にも近い「故意の犯罪行為」の罪を償い、「全面的補償」をすべきことであり、その当時の厚生労働省担当責任者たちすべての即「全財産没収」と刑事罰、その製薬会社の即「全財産没収」と即「廃業」と刑事罰が、最高裁判所の裁定と命令により、即、強制的に施行されるべきであって、それにより、被害を受けたC型肝炎患者の「全面的救済補償」を行なうのが本当の「スジ」だと思いますね。奴らがなんでまず自分の腹を切って弁償しないのでしょうか?死刑にしたっていいくらいですよ、悪質で計画的な隠蔽工作をともなう「故意の人殺し」だもの。ちがいますか?

製薬会社の非常にずるがしこい連中は、「国の責任」という口上の蔭に隠れて、ヌクヌクと知らん顔して、会社の営業を続けているではないですか!

こういう凶悪な連中の身ぐるみを全部はがして、気の毒な患者さんの全補償をするのが、まず何よりもやるべきことではないか、と思われてなりません。

日本だけでなくて世界中で、巨大な財力と政治力を持つ大手製薬会社が、医療行政やマスコミ、大学医学部、病院、医師、医学会、患者支援団体を、したたかにすっかり抱きこんで、巧みに癒着している。こういう信じがたいような現実は、善意の皆さんの想像を絶するすさまじいものがありますよ。くれぐれもご注意あれ。

ほんとうに必要なとき以外は、薬を頼ったり、やたら使わないのが一番かしこいと思いますね。

心ある皆さん、論理的にたくましく頭をはたらかして、製薬会社の巧みに人の恐怖心をあおるようなこすいプロパガンタや宣伝にはのせられないで、薬いらずでかしこくたくましく元気に生きていきましょう。

  
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2007年12月31日

マスクをしても、ウイルス感染の防御にはなりません

このブログは、おもに経営者やそのご家族の健康管理や「命もうけ」の知恵として役立つような目からウロコの情報や発想を、できるだけわかりやすくお伝えすることにあります。

ごぶさたして申し訳ありません。

12月に入って中旬を過ぎたあたりからとくに、寒い冷える日も多くなり、風邪をひいているのか、それとも風邪やインフルエンザの予防のためなのか、マスクをしている人が目につくようになりました。

そういえば、以前、SARSがアジアで流行した折も、SARSにかかるまいと、とくに中国人たちはこぞってマスクをしていましたね。

いわゆる風邪も、インフルエンザも、SARSも、ウイルスによるものですが、業者は、ここぞとばかりマスクを売ろうと、人の不安感や心配や恐怖心をあおりながら、科学的実験で??「ウイルス99%以上除去」?などと宣伝文句をうたっていたりします。

本当でしょうか??

実は、以前、長年親しく友人づきあいしている世界的に有名な医師のアンドルー・ワイル博士が国際学会で来日したとき、話題になって、2人で大笑いをしてしまったことが、このマスクの件です。

だって、よく考えてみてください。

ウイルスは、細菌よりもはるかに小さいものですが、たとえば、ウイルスの大きさを「サッカーボール」としたら、マスクの穴の大きさはどのくらいになると思われますか?

そうですね、ウイルスの大きさを「サッカーボール」とするならば、マスクの穴の大きさは、「サッカー競技場」くらいの大きさになるんですよ!

それくらい大きな穴をと通ってくる小さなウイルスの大群を、なんで99%以上も除去できるんでしょうかね。奇跡のテクノロジーなんでしょうか。思わず、「大ウソツキー!」と声を大にしていいたくなるくらい、ありえないことです。

もし、あくまで本当というのなら、実際にきちんと証明してほしいですね。それも本当のマットウな科学的な検証で。エセ科学じゃなくてね。

ウイルスを通さないくらいの小さな穴のマスクだったら、口から出る水蒸気も通さんだろうし、息だってできないじゃないですか。

よくきちんと論理的に考えたらわかることじゃないですか!

こういうのを、科学ではない、単なる文学的な大ウソというのですね。

SARSが流行ったときに、世界保健機関(WHO)でさえ、打つ手がないので、なんの役にも立たないのに、マスクを奨励したわけですから、これは医学や科学というよりも、単に政治的な意味での文学的表現のプロパガンタで、その場をごまかしただけのことといえるでしょう。

いいですか、マスクは、ウイルスの防御をするためには、なーんの役にも立ちませんからね。

ただ、咳き込む人のつばきや痰を、うっかりじかに飲み込まなくていい、ということはありますから、そういう意味では無駄だとは思いません。

むしろ、ウイルス感染への予防対策は、不規則な生活や不節制による不眠や疲労や便秘などで、からだの免疫力を落とさない、ということにつきましょうか。疲労をためず、よく眠り、よく休む、ことがウイルス感染予防には大切です。

ウイルス感染の予防には直接関係ないとの説もありますが、マメにうがいをすることも、私はやっておいて損はない、いいことだと思っています。

マスクをしていれば、ウイルス感染を防げると、まるで迷信のように思い込むことは、文学的な思い込みにはなっても、科学的な対策にはありませんから、くれぐれもご注意ください。

それよりも、あまりに過保護になって、やわになっているあなたの全身の免疫系のはたらきを鍛えなおすことのほうが大切でしょうね。

2008年、皆さんの人生にとって、よりよい1年でありますように!

  
Posted by otsukako at 23:52Comments(0)TrackBack(0)

2007年11月09日

医師の世界を医師が表現した言葉

このブログは、おもに経営者とその家族の健康管理と「命もうけ」に役立つような目からウロコの情報や知恵を、できるだけわかりやすくお伝えするのが目的です。

抗がん剤の問題は、皆さん各自に、もう少し考えていただくとして、もっと後になってから、私の考えを書くことにします。

今からずいぶん前、学生の頃だったかに、「精神科医ビスコット」という本を読んで、その中で紹介されていた言葉が、強烈な印象として記憶に残っています。

それは、以下のような言葉です。


精神科医は何も知らず、また何もしない。

内科医は何でも知っているが、何もしない。

外科医は何も知らないが、なんでもやってしまう。

病理学者はすべてのことを知り、すべてのことを行なう。

しかし、遅きに失する。

-----「精神科医ビスコット」P.4 ; ディビッドS.ビスコットMD著 星和書店)




この言葉を読んで、皆さんはどのようなことをお考えになるでしょうか?

  
Posted by otsukako at 06:43Comments(0)TrackBack(1)