2012年12月27日

2012年は、統合医療が最先端医療を取り込み、ハイレベルに飛躍した年5

2012年は、全人的医療および統合医療の分野で、トルネード旋風とでもいえるような、明らかな飛躍的発展があった年でした。

日本統合医療学会の埼玉大会(1月、埼玉医科大学)、がん統合医療国際会議(2月、東京医科歯科大学M&D大講堂)、日本統合医療学会の大阪大会(12月、大阪大学医学部コンベンションホール)では、それぞれの学会の各セッションが非常に活気を帯びてきて、目を見張る発展があり、医学と医療の最先端の研究をされているような先生方や現代医療の第一線にいる先生方も、統合医療の学術大会に、より多く参加してくださるようになり、統合医療という分野が、最先端医療を取り込み、ますますハイレベルになってきて、新しい視座と内容の充実が学会にもたらされた飛躍の年でありました。

特筆すべきことは、3.11の震災によって、災害と医療という問題が非常に重大視されたときに、統合医療が現場でとても活躍できた、ということです。西洋医学の検査や投薬では、被災地の避難民の方々の現場での体調不良や心身不調をカバーできないところを、他の補完・代替医療の専門家も加わって、統合医療チームとして、現場の人々のケアにあたったところ、ふさぎこんでいた人々の心を開き、彼らの笑顔を取り戻し、心身も楽になったと好評で、たいへんよろこばれ、感謝されたとのことです。そのような実体験からも、いざという災害の際も、統合医療が実際に役立つという価値をしっかり確認できたようです。

また、大阪大学医学部での調査によると、患者さんの満足度を調べますと、明らかに統合医療という形をとる方が、非常に満足度が高い、という統計的調査の結果も出ているようです。

25年前と比べますと、最近では「全人的医療」を目指す、というような大学病院の案内文をけっこう見かけるようになり、大学医学部の入学案内でも、本学は「全人的医療教育」を心がけていく、という挨拶文が目立つようになってまいりました。

また、今回、大阪大学医学部のコンベンションホールを使って学会の大会を開催できたということは、25年前、まだ全人的医療という言葉がほとんど認知されていなかった時代より、日本ホリスティック医学協会創立時からの草の根的活動から関わり、さらには日本統合医療学会発足以前から統合医療に関わってきた私にとっては、奇跡のようなことであり、全く想像もつかないことでしたから、なんともいえない気持ちになり、感無量でした。

また、諸先輩先生方の情熱と不屈の行動力による、熱心なはたらきかけのおかげで、地域振興と復興を兼ねた国家プロジェクトレベルでの、統合医療研究センター構想も、着実に進展しつつあるようで、経済力と技術と頭脳と感性の豊かさに恵まれた、この日本から世界に冠たる最高レベルでの統合医療モデルが充実し、現場の医療に貢献するとともに、日本から世界へ発信されて、そのような知恵が伝わっていくことを願ってやみません。
  

Posted by otsukako at 06:30Comments(2)TrackBack(0)

2011年12月13日

国民年金で、すでに払った人にまで不当な請求が行なわれているようです5

緊急重大情報です!また、緊急の警告です!

社会保険庁が、過去に国民年金についてのずさんな情報管理をし、多くの国民の重要情報を紛失していたなどの深刻な社会的責任問題を引き起こしたことは覚えている方々も多いかと思います。

その社会保険庁(平成22年1月より国民年金機構に名称変更)が、国民年金に関して、国民に対して、とんでもないことを全国規模で行なっているようなことに気がつきました。それは、年金の取立て作業を、サラ金まがいの取り立て専門業者のような民間の会社に委託して、全国いっせいに行なわせ、かなり強引で不当な請求を行なっている可能性が高い、ということです。

取立て委託業者の名前のリストを見てみてください。


http://www.sia.go.jp/top/kaikaku/shijoka/minkanitaku091001.html

それによって、自分たちの情報管理や記録がずさんだった事実を棚に上げて、30年前からきちんと毎月、年金保険料を支払ってきた人間に、30年も前に、国民年金に申し込んだ最初の時点から1年半にもおよび期間が未納のため、それを支払え、などと、平然と請求してきています。

それに異論があるのなら、証拠を添えて異議申し立てせよ、というので、何度そういう手続きをしても、内容をきちんと審議もせずに却下し、最終的には、なんだかわからない第三者委員会という大学教授や弁護士や社会保険労務士などの委員会で審議にかけて、決定するなどということを通達してきています。

すなわち、あれこれやくざみたいにいちゃもんをつけてきて、権威を傘に、ちゃんと支払ってきた人間にまで、再度、支払え、と要求しているのです。

30年も前の年金手帳とそれに関する情報が、すべてきちんとそろっている人など、たくさんはいないはずです。また、30年前の記憶が鮮明な人は、そういないはずです。そういうかなり前の記憶や記録が、国民の側で、完全に用意できないかもしれないところをついて、自分たちの国民の記録管理のずさんさを棚上げして、記録が見当たらない、証拠がない、などといって、すでに国民年金をきちんと支払っていた人間にまで、また、強引に支払わせようというのです。

30年前当時は、銀行自動引き落としではなく、いちいち国民年金課の窓口まで出かけていって、現金で支払っていたという事実も知らない現在の年金課の職員。

現行の国民年金の状況だけを見て、昔のパソコンなどのないシステム下でのことなど、まったく考慮しないままに、年金課が対応してきます。

これは、大掛かりな国による不当ないいがかりか犯罪行為です。だって、きちんと支払っている者から、勝手に自分たちのミスで失った記録の穴埋めに、代わりにそのツケをまじめに今まで支払ってきた人たちに支払わせようというのですから、とんでもないことです。どうせ、昔のことは相手だって証拠がそろうはずがないから、そこにつけこんで、取り立ててやろうというようなものに解釈できます。 これは、まるで、国が、オレオレ詐欺を、国民年金の保険料請求で、やっているようなものではないでしょうか?

また、法律がどうのこうの、というまえに、論理的に考えて、申し込んだすぐ後から、1年半もの間、知らん顔して支払いをしないままですませるわけがありません。申し込んだ直後から、すぐ入金がなければ、当時の社会保険庁から注意なりの勧告がくるはずでしょうし、そのまま未納のまま、すまされるわけがありません。 かならず注意勧告があるはずでしょう?それを無視して1年半も平気で未納のままですませられるはずがないじゃないですか。こんなカンタンな明確な論理すらわからない連中が、あれこれ難くせつけてきて、強引にぼったくろうとしてくる。信じられない思いです。


このように論理的に考えても、30年前の入会後の1年半も未納のまますませるなどということなどあるわけがありません。まさに、自分たちのずさん極まりない国民の情報管理を、逆手に使って、自分たちの方に記録がないから払え、と強制してくるものです。これは、実際に身近に起こっていることなので、事実としてお伝えしています。

私は、社会保険庁内の職員が行なっているのだとばかり思っていましたが、何度も異議申したてを出しても、その内容にすらきちんと答えることなく、今度は、サラ金まがいの民間取り立て会社の、おそらくは息のかかったような適当な弁護士あたりを集め、専門家と権威による第三者委員会の審議などともっともらしく、さも公平な審議をしているかのように見せかけて、よくわからないままに、強引に、すでに支払っている国民からも再度徴収しようという、これは実に巧妙な犯罪的行為だと思います。

おそらく日本全国に、このような不当な請求をされながらも、まさか、国のことをサラ金まがいの取り立て会社が肩代わりして請求してきているとは思いませんから、いつもとはちがう、強引な取り立ての仕方に戸惑うばかりの方が、全国にかなり多いのではないでしょうか?

こういう方は、皆さん、まず、おかしい!と声を上げていただきたいと思います。

これは、おそらく小泉政権のころに、巧まれた民間会社への取立て作業の委託でしょうが、どうりで、そういう委託を受けた会社の名前を見ると、以前、小泉政権とつながっていた、ある消費者金融関連会社の社長と暗に裏でつながっているような会社ばかりが目立つように思います。

これは自分たちのミスを逆手にした、過去の記録のあいまいさの死角をついた、国民への不当な、非常に悪質な国の犯罪だと思います。あまりにひどさに、あきれて日本政府を見捨てたくなりました。日本政府が、オレオレ詐欺をしているようなものです。

多くの国民がこのからくりに気がつき、声を上げないと、不当な支払い請求が、ちゃんときちんと、まじめに支払ってきた人たちにまで及ぶ、いや、すでに及んでいる、ということです。

まさか国が、国民年金の取り立て作業を、いわゆるサラ金まがいの取り立て屋のような民間業者に委託しているとは思わず、私は、あまりのひどさに愕然としてしまいました。

皆さん、身近な方々に声をかけ、くれぐれも、国民年金の保険料請求に関して、巧妙にだまされないように注意してください!これは、今、全国で、皆さんの足元でおこっている現実です。皆が声を上げないと解決できません。自分の頭で考えてからくりを見抜きましょう。


http://www.sia.go.jp/top/kaikaku/shijoka/minkanitaku091001.html

以下は、旧 社会保険庁よりの情報です。

国民年金保険料収納業務の民間委託を実施しています


●事業の概要
 
 社会保険庁では、全国312ヶ所の社会保険事務所の管内において、国民年金保険料が未納となっている方に対して電話や文書、戸別訪問による納付督励及び保険料の収納業務について、民間委託を実施しています。これは、「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律」に基づき、従来、官が行ってきた事業に民間事業者の参入機会を広げ、民間事業者の創意工夫やノウハウの活用により、低コストでより良いサービスの提供を目指す「市場化テスト事業」として導入されたもので、社会保険庁(地方社会保険事務局)から委託を受けた民間事業者が国民年金保険料の納付等のご案内を行います。



●委託事業者 (都道府県名をクリック)


都道府県名 社会保険事務所名 管轄区域 委託事業者名

北海道 札幌東 札幌市のうち東区、白石区、豊平区 螢リエントコーポレーション
札幌西 札幌市のうち中央区、南区 螢リエントコーポレーション
札幌北 札幌市のうち北区、西区、手稲区 石狩市 石狩支庁管内 螢リエントコーポレーション
新さっぽろ 札幌市のうち厚別区、清田区 江別市 千歳市 恵庭市 北広島市 螢リエントコーポレーション
函館 函館市 北斗市 渡島支庁管内 檜山支庁管内 螢肇薀ぅ▲
旭川 旭川市 士別市 名寄市 富良野市 上川支庁管内 螢リエントコーポレーション
釧路 釧路市 根室市 釧路支庁管内 根室支庁管内 螢肇薀ぅ▲
室蘭 室蘭市 登別市 伊達市 胆振支庁管内のうち虻田郡、有珠郡 螢リエントコーポレーション
苫小牧 苫小牧市 胆振支庁管内のうち白老郡、勇払郡 日高支庁管内 螢肇薀ぅ▲
岩見沢 岩見沢市 夕張市 美唄市 三笠市 空知支庁管内の空知郡のうち南幌町 夕張郡 樺戸郡のうち月形町 螢リエントコーポレーション
小樽 小樽市 後志支庁管内 螢リエントコーポレーション
北見 北見市 網走市 紋別市 網走支庁管内 螢リエントコーポレーション
帯広 帯広市 十勝支庁管内 螢リエントコーポレーション
稚内 稚内市 留萌支庁管内の天塩郡 宗谷支庁管内 螢リエントコーポレーション
砂川 砂川市 芦別市 赤平市 滝川市 歌志内市 深川市 空知支庁管内(岩見沢社会保険事務所管内の地域を除く。) 螢リエントコーポレーション
留萌 留萌市 留萌支庁管内(稚内社会保険事務所管内の地域を除く。) 螢リエントコーポレーション
青森 青森 青森市 東津軽郡 上北郡のうち野辺地町、七戸町及び東北町 螢リエントコーポレーション
むつ むつ市 上北郡のうち横浜町及び六ケ所村 下北郡 螢リエントコーポレーション
八戸 八戸市 十和田市 三沢市 上北郡のうち六戸町及びおいらせ町 三戸郡 螢リエントコーポレーション
弘前 弘前市 黒石市 五所川原市 つがる市 平川市 西津軽郡 中津軽郡 南津軽郡 北津軽郡 (株)トライアイ
岩手 盛岡 盛岡市 八幡平市 岩手郡 紫波郡 螢リエントコーポレーション
一関 一関市 大船渡市 陸前高田市 奥州市 胆沢郡 西磐井郡 東磐井郡 気仙郡 螢リエントコーポレーション
宮古 宮古市 釜石市 上閉伊郡 下閉伊郡 螢リエントコーポレーション
二戸 二戸市 久慈市 九戸郡 二戸郡 螢リエントコーポレーション
花巻 花巻市 北上市 遠野市 和賀郡 螢リエントコーポレーション
宮城 仙台北 仙台市のうち青葉区、泉区 黒川郡 日立キャピタル債権回収
仙台南 仙台市のうち若林区、太白区 名取市 岩沼市 亘理郡 日立キャピタル債権回収
大河原 白石市 角田市 刈田郡 柴田郡 伊具郡 日立キャピタル債権回収
仙台東 仙台市のうち宮城野区 塩竃市 多賀城市 宮城郡 日立キャピタル債権回収
石巻 石巻市 気仙沼市 東松島市 牡鹿郡 本吉郡 (株)オリエントコーポレーション
古川 大崎市 登米市 栗原市 加美郡 遠田郡 (株)オリエントコーポレーション
秋田 秋田 秋田市 男鹿市 潟上市 山本郡のうち三種町 南秋田郡 (株)オリエントコーポレーション
鷹巣 北秋田市 能代市 大館市 鹿角市 鹿角郡 北秋田郡 山本郡(秋田社会保険事務室管内の地域を除く。) (株)オリエントコーポレーション
大曲 大仙市 横手市 湯沢市 仙北市 仙北郡 雄勝郡 (株)オリエントコーポレーション
本荘 由利本荘市 にかほ市 (株)オリエントコーポレーション
山形 山形 山形市 上山市 天童市 東村山郡 (株)オリエントコーポレーション
寒河江 寒河江市 村山市 東根市 西村山郡 (株)オリエントコーポレーション
新庄 新庄市 尾花沢市 北村山郡 最上郡 (株)オリエントコーポレーション
鶴岡 鶴岡市 酒田市 東田川郡 飽海郡 (株)オリエントコーポレーション
米沢 米沢市 長井市 南陽市 東置賜郡 西置賜郡 (株)オリエントコーポレーション
福島 東北福島 福島市 二本松市 伊達市 本宮市 伊達郡 安達郡 (株)オリエントコーポレーション
平 いわき市 双葉郡 (株)オリエントコーポレーション
相馬 相馬市 南相馬市 相馬郡 (株)オリエントコーポレーション
郡山 郡山市 須賀川市 田村市 岩瀬郡 石川郡 田村郡 (株)オリエントコーポレーション
白河 白河市 西白河郡 東白川郡 (株)オリエントコーポレーション
会津若松 会津若松市 喜多方市 南会津郡 耶麻郡 河沼郡 大沼郡 (株)オリエントコーポレーション
茨城 水戸南 笠間市 鹿嶋市 潮来市 神栖市 行方市 鉾田市 小美玉市 東茨城郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
水戸北 水戸市 常陸太田市 ひたちなか市 常陸大宮市 那珂市 那珂郡 久慈郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
土浦 土浦市 石岡市 龍ヶ崎市 取手市 牛久市 つくば市 守谷市 稲敷市 かすみがうら市 つくばみらい市 稲敷郡 北相馬郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
下館 筑西市 古河市 結城市 下妻市 坂東市 桜川市 常総市 結城郡 猿島郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
日立 日立市 高萩市 北茨城市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
栃木 宇都宮東 真岡市 さくら市 那須烏山市 芳賀郡 塩谷郡のうち高根沢町 那須郡のうち那珂川町 (株)アイヴィジット
宇都宮西 宇都宮市 鹿沼市 河内郡 上都賀郡 (株)アイヴィジット
大田原 大田原市 矢板市 那須塩原市 
那須郡(宇都宮東社会保険事務所管内の地域を除く。) (株)アイヴィジット
栃木 栃木市 足利市 佐野市 小山市 下野市 下都賀郡 (株)アイヴィジット
今市 日光市 塩谷郡(宇都宮東社会保険事務所管内の地域を除く。) (株)アイヴィジット
群馬 前橋 前橋市 伊勢崎市 勢多郡 佐波郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
桐生 桐生市 みどり市 (株)オリエントコーポレーション
高崎 高崎市 藤岡市 富岡市 安中市 多野郡 甘楽郡 (株)オリエントコーポレーション
渋川 渋川市 沼田市 北群馬郡 吾妻郡 利根郡 (株)オリエントコーポレーション
太田 太田市 館林市 邑楽郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
埼玉 浦和 さいたま市のうち桜区、浦和区、南区、緑区 川口市 蕨市 戸田市 鳩ヶ谷市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
大宮 さいたま市のうち西区、北区、大宮区、見沼区、中央区 鴻巣市 上尾市 桶川市 北本市 北足立郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
熊谷 熊谷市 行田市 加須市 本庄市 羽生市 深谷市 児玉郡 大里郡 北埼玉郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
川越 川越市 東松山市 朝霞市 志木市 和光市 新座市 富士見市 坂戸市 鶴ヶ島市 ふじみ野市 比企郡 入間郡(三芳町を除く) 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
所沢  所沢市 飯能市 狭山市 入間市 日高市 入間郡のうち三芳町 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
春日部 春日部市 さいたま市のうち岩槻区 久喜市 蓮田市 幸手市 南埼玉郡 北葛飾郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
越谷 越谷市 草加市 八潮市 三郷市 吉川市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
秩父 秩父市 秩父郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
千葉 千葉 千葉市のうち中央区、若葉区、緑区 茂原市 東金市 勝浦市 山武市 いすみ市 山武郡 長生郡 夷隅郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
幕張 千葉市のうち花見川区、稲毛区、美浜区 佐倉市 習志野市 八千代市 四街道市 八街市 富里市 印旛郡のうち酒々井町 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
船橋 船橋市 印西市 白井市 印旛郡(酒々井町を除く) 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
市川 市川市 鎌ヶ谷市 浦安市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
松戸 松戸市 野田市 柏市 流山市 我孫子市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
木更津 木更津市 館山市 市原市 鴨川市 君津市 富津市 袖ヶ浦市 南房総市 安房郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
佐原 香取市 銚子市 成田市 旭市 匝瑳市 香取郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
東京 千代田 千代田区 エー・シー・エス債権管理回収
中央 中央区 エー・シー・エス債権管理回収
港 港区 大島支庁管内 三宅支庁管内 八丈支庁管内 小笠原支庁管内 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
新宿 新宿区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
杉並 杉並区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
中野 中野区 エー・シー・エス債権管理回収
上野 台東区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
文京 文京区 エー・シー・エス債権管理回収
墨田 墨田区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
江東 江東区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
江戸川 江戸川区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
品川 品川区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
大田 大田区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
渋谷 渋谷区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
目黒 目黒区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
世田谷 世田谷区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
池袋 豊島区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
北 北区 エー・シー・エス債権管理回収
板橋 板橋区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
練馬 練馬区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
足立 足立区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
荒川 荒川区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
葛飾 葛飾区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
立川 立川市 昭島市 小金井市 日野市 国分寺市 国立市 東大和市 武蔵村山市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
青梅 青梅市 福生市 羽村市 あきる野市 西多摩郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
八王子 八王子市 町田市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
武蔵野 武蔵野市 三鷹市 小平市 東村山市 清瀬市 東久留米市 西東京市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
府中 府中市 調布市 狛江市 多摩市 稲城市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
神奈川 鶴見 横浜市のうち鶴見区、神奈川区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
港北 横浜市のうち港北区、緑区、青葉区、都筑区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
横浜中 横浜市のうち西区、中区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
横浜西 横浜市のうち保土ヶ谷区、戸塚区、旭区、瀬谷区、栄区、泉区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
横浜南 横浜市のうち南区、磯子区、金沢区、港南区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
川崎 川崎市のうち川崎区、幸区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
高津 川崎市のうち中原区、高津区、多摩区、宮前区、麻生区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
平塚 平塚市 秦野市 伊勢原市 中郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
厚木 厚木市 海老名市 座間市 綾瀬市 愛甲郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
相模原 相模原市 大和市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
小田原 小田原市 南足柄市 足柄上郡 足柄下郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
横須賀 横須賀市 逗子市 三浦市 三浦郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
藤沢 藤沢市 鎌倉市 茅ヶ崎市 高座郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
新潟 新潟東 北区 東区 江南区 秋葉区 南区 五泉市 東蒲原郡 (株)オリエントコーポレーション
新潟西 中央区 西区 西蒲区 佐渡市 (株)オリエントコーポレーション
長岡 長岡市 小千谷市 魚沼市 三島郡 北魚沼郡 (株)オリエントコーポレーション
上越 上越市 糸魚川市 妙高市 (株)オリエントコーポレーション
柏崎 柏崎市 刈羽郡 (株)オリエントコーポレーション
三条 三条市 加茂市 見附市 燕市 西蒲原郡 南蒲原郡 (株)オリエントコーポレーション
新発田 新発田市 村上市 阿賀野市 胎内市 北蒲原郡 岩船郡 (株)オリエントコーポレーション
六日町 南魚沼市 十日町市 南魚沼郡 中魚沼郡 (株)オリエントコーポレーション
富山 富山 富山市 (株)アイヴィジット
高岡 高岡市 氷見市 射水市 (株)アイヴィジット
魚津 魚津市 滑川市 黒部市 中新川郡 下新川郡 (株)アイヴィジット
砺波 砺波市 小矢部市 南砺市 (株)アイヴィジット
石川 金沢南 白山市 石川郡 (株)アイヴィジット
金沢北 金沢市 かほく市 河北郡 (株)アイヴィジット
小松 小松市 加賀市 能美市 能美郡 (株)アイヴィジット
七尾 七尾市 輪島市 珠洲市 羽咋市 羽咋郡 鹿島郡 鳳珠郡 (株)アイヴィジット
福井 福井 福井市 大野市 勝山市 あわら市 坂井市 吉田郡 キャリアリンク(株)
武生 越前市 鯖江市 今立郡 南条郡 丹生郡 キャリアリンク(株)
敦賀 敦賀市 小浜市 三方郡 大飯郡 三方上中郡 キャリアリンク(株)
山梨 甲府 甲府市 山梨市 笛吹市 甲州市 (株)エヌ・ティ・ティ・ソルコ
竜王 甲斐市 韮崎市 南アルプス市 北杜市 中央市 西八代郡 南巨摩郡 中巨摩郡 (株)エヌ・ティ・ティ・ソルコ
大月 大月市 富士吉田市 都留市 上野原市 南都留郡 北都留郡 (株)エヌ・ティ・ティ・ソルコ
長野 長野南 長野市 千曲市 埴科郡 上水内郡(信濃町及び飯綱町を除く) 日立キャピタル債権回収
長野北 須坂市 中野市 飯山市 上高井郡 下高井郡 上水内郡のうち信濃町及び飯綱町 下水内郡 日立キャピタル債権回収
岡谷 岡谷市 諏訪市 茅野市 諏訪郡 エー・シー・エス債権管理回収
伊那 伊那市 駒ヶ根市 上伊那郡 エー・シー・エス債権管理回収
飯田 飯田市 下伊那郡 エー・シー・エス債権管理回収
松本 松本市 大町市 塩尻市 安曇野市 木曽郡 東筑摩郡 北安曇郡 エー・シー・エス債権管理回収
小諸 小諸市 上田市 佐久市 東御市 南佐久郡  北佐久郡 小県郡 日立キャピタル債権回収
岐阜 岐阜南 羽島市 各務原市 羽島郡 日立キャピタル債権回収
岐阜北 岐阜市 山県市 瑞穂市 本巣市 本巣郡 日立キャピタル債権回収
多治見 多治見市 中津川市 瑞浪市 恵那市 土岐市 (株)アイヴィジット
大垣 大垣市 海津市 養老郡 不破郡 安八郡 揖斐郡 (株)アイヴィジット
美濃加茂 美濃加茂市 関市 美濃市 可児市 郡上市 加茂郡 可児郡 (株)アイヴィジット
高山 高山市 飛騨市 下呂市 大野郡 (株)アイヴィジット
静岡 静岡 静岡市のうち葵区、駿河区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
清水 静岡市のうち清水区 庵原郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
浜松東 浜松市のうち東区、南区、浜北区、天竜区 磐田市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
浜松西 浜松市のうち中区、西区、北区 湖西市 浜名郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
沼津 沼津市 御殿場市 裾野市 駿東郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
三島 三島市 熱海市 伊東市 下田市 伊豆市 伊豆の国市 賀茂郡 田方郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
島田 島田市 焼津市 藤枝市 牧之原市 志太郡 榛原郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
掛川 掛川市 袋井市 御前崎市 菊川市 周智郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
富士 富士市 富士宮市 富士郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
愛知 大曽根 名古屋市のうち千種区、東区、守山区、名東区 日立キャピタル債権回収
中村 名古屋市のうち中村区 津島市 愛西市 弥富市 海部郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
鶴舞 名古屋市のうち中区 日立キャピタル債権回収
熱田 名古屋市のうち熱田区、中川区、港区 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
笠寺 名古屋市のうち瑞穂区、南区、緑区 豊明市 日立キャピタル債権回収
昭和 名古屋市のうち昭和区、天白区 日進市 愛知郡のうち東郷町  日立キャピタル債権回収
名古屋西 名古屋市のうち西区 清須市 北名古屋市 西春日井郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
名古屋北 名古屋市のうち北区 春日井市 小牧市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
豊橋 豊橋市 蒲郡市 田原市 日立キャピタル債権回収
岡崎 岡崎市 額田郡 日立キャピタル債権回収
一宮 一宮市 犬山市 江南市 稲沢市 岩倉市 丹羽郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
瀬戸 瀬戸市 尾張旭市 愛知郡のうち長久手町 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
半田 半田市 常滑市 東海市 大府市 知多市 知多郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
豊川 豊川市 新城市 北設楽郡 宝飯郡 日立キャピタル債権回収
刈谷 刈谷市 碧南市 安城市 西尾市 知立市 高浜市 幡豆郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
豊田 豊田市 西加茂郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
三重 津 津市 鈴鹿市 名張市 亀山市 伊賀市  (株)アイヴィジット
四日市 四日市市 桑名市 いなべ市 桑名郡 員弁郡 三重郡 (株)アイヴィジット
松阪 松阪市 多気郡 (株)アイヴィジット
伊勢 伊勢市 鳥羽市 志摩市 度会郡 (株)アイヴィジット
尾鷲 尾鷲市 熊野市 北牟婁郡 南牟婁郡 (株)アイヴィジット
滋賀 大津 大津市 高島市 キャリアリンク(株)
草津 草津市 近江八幡市 守山市 栗東市 甲賀市 湖南市 野洲市 蒲生郡 キャリアリンク(株)
彦根 彦根市 長浜市 東近江市 米原市 愛知郡 犬上郡 東浅井郡 伊香郡 キャリアリンク(株)
京都 上京 京都市のうち北区、上京区、左京区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
舞鶴 舞鶴市 福知山市 綾部市 宮津市 京丹後市 与謝郡 日立キャピタル債権回収
中京 京都市のうち中京区、東山区、山科区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
下京 京都市のうち下京区、南区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
京都南 京都市のうち伏見区 宇治市 城陽市 八幡市 京田辺市 木津川市 久世郡 綴喜郡 相楽郡 日立キャピタル債権回収
京都西 京都市のうち右京区、西京区 亀岡市 向日市 長岡京市 南丹市 乙訓郡 船井郡 日立キャピタル債権回収
大阪 天満 大阪市のうち北区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
福島 大阪市のうち福島区、西淀川区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
大手前 大阪市のうち都島区、中央区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
堀江 大阪市のうち西区、大正区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
市岡 大阪市のうち此花区、港区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
天王寺 大阪市のうち天王寺区、阿倍野区 富田林市 河内長野市 松原市 羽曳野市 藤井寺市 大阪狭山市 南河内郡 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
平野 大阪市のうち東住吉区、平野区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
難波 大阪市のうち浪速区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
玉出 大阪市のうち住吉区、西成区、住之江区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
淀川 大阪市のうち東淀川区、淀川区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
今里 大阪市のうち東成区、生野区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
城東 大阪市のうち旭区、城東区、鶴見区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
貝塚 貝塚市 岸和田市 泉佐野市 泉南市 阪南市 泉南郡 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
堺東 堺市 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
堺西 泉大津市 和泉市 高石市 泉北郡 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
東大阪 東大阪市 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
八尾 八尾市 柏原市 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
吹田 吹田市 高槻市 茨木市 摂津市 三島郡 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
豊中 豊中市 池田市 箕面市 豊能郡 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
守口 守口市 大東市 門真市 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
枚方 枚方市 寝屋川市 四條畷市 交野市 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
兵庫 三宮 神戸市のうち中央区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
須磨 神戸市のうち長田区、須磨区、垂水区、西区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
東灘 神戸市のうち東灘区、灘区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
兵庫 神戸市のうち兵庫区、北区 螢┘漫Ε謄・ティ・ソルコ
姫路 姫路市 相生市 赤穂市 宍粟市 たつの市 神崎郡 揖保郡 赤穂郡 佐用郡 日立キャピタル債権回収
尼崎 尼崎市 伊丹市 川西市 川辺郡 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
明石 明石市 洲本市 三木市 小野市 南あわじ市 淡路市 加東市 日立キャピタル債権回収
西宮 西宮市 芦屋市 宝塚市 三田市 篠山市 丹波市 蠅發靴發轡曠奪肇薀ぅ
豊岡 豊岡市 養父市 朝来市 美方郡 日立キャピタル債権回収
加古川 加古川市 西脇市 高砂市 加西市 多可郡 加古郡 日立キャピタル債権回収
奈良 奈良 奈良市 大和郡山市 生駒市 生駒郡 キャリアリンク(株)


.................................................................................などなど全国に及びます。

URLでアクセスしてご自身で、ご確認ください!


  
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2009年01月31日

生命の世界、生き物の世界をながめていて気がついたこと

この地球上に、いったい、どのくらいの種類の生き物がいるかというと、なんと!!150万種類にもなるそうである。

よくよくこのことを考えてみると、生物の世界のすさまじいまでの多様性、生命世界の多様なあらわれかたには、何か感動して声を失ってしまう。

このなかで、一番、地球上でえらそうにしていて、我がもの顔にふるまっているのが人間だが、よく観察してみると、人間以外、どの生き物も、銀行預金など持っていないし、かばんすら持っていない。

どの生物もまったく身ひとつである。

銀行預金もなく、かばんも携えず、まったく身ひとつでありながら、ちゃんと日々を生きている。

それでいて、驚くべきことに、ちゃんと子孫を作り、育てている。

人間のように、蓄えも、銀行預金もないのにですよ!

考えてみると、すごいことである。

その点、人間たちは、リーマン・ショックだ、大不況だ、景気が悪くてどうのこうのと、なんだかんだと、騒いでいる。

昭和30年代初め頃よりは、いい暮らしを今でもしてるんじゃないんかしらね。

ましてや、焼け野原になった終戦後とはくらべものにならないくらい豊かだ。

飢えて死ぬのではなく、飽食の時代、食いすぎて、生活習慣病で早死にしている。

いわゆる、ぜいたく病である。

他の149万種類の、身ひとつで子まで育てて日々をただ懸命に生きている地球上の生きものたちとくらべて、人間は、どこか、あまりに、わがままで、だらしないような気がしてきた。

「ただ今を懸命に生きる」− 禅坊主がよくまことしやかに説くような言葉であるが、こんなことは他の生物は、あたりまえのこととして日々を黙々と生きている。

他の生き物たちは、人間よりも、とっくに悟っているのである。

こんなことを、いちいちありがたそうなおしえとして説かなければ、わからないほど、人間はおろかなのだろうか?

日々を懸命に生きることなら、生物の進化の歴史では、大先輩に当たる、古代の三葉虫の時代から生きながらえてきているという、ゴキブリでさえも、そうしている。

ある生物学の先生よると、まさに「生きた化石」といえる生き物なのだそうだ。

地球上の生き物たちのすさまじく、けなげにただ己の生命を生きるさまを考えたら、えらそうなことをいっている禅坊主などの説法も、かたなしである。

バイオテクノロジーがどれだけ進歩しても、大腸菌すら、まったくゼロの「無」から作り出すことは、1000兆円出してもできない事実を、どれだけの人が理解しているだろうか?

人間は自分勝手に生命をいじくっているが、生命を無から作り出すことは不可能なのだ。


生命世界の奥深い不思議さについて考えていると、人間社会で、人間たちが騒いでいる多くのことが実にばかばかしく幼稚に思われてくる。政治にせよ、経済にせよ、生命世界の現実のすごさにくらべれば、幼稚園の、ちーちーぱっぱのお遊戯のようだ。

実は、人間は、地球上で、他の生物にくらべて、格別えらいことなど、本当は何もないのではないだろうか。ただ「万物の霊長」などと、うぬぼれて、おごっているだけなのでえはないか。

わがままで自分勝手すぎる人間よ、地球上で、おごることなかれ。

という私も人間だから、これは自分に向かって言っていることでもある。

大自然の生命世界の視点から、よくよく物事を眺めてみれば、地球上で、人間が、大腸菌やゴキブリよりも、えらいことなど、何もないような気がしてくるのだ。

地球を救え、だと?
人間たちのおごりは、この言葉に凝縮されているように思われる。

なぜなら、地球に救っていただいて、日々生かされている存在こそが人間であって、人間など、その気になれば、地球の大自然は、あっというまにすっきりきれいに跡形もなくお掃除してしまうだろう。

人間のわがままを正当化してきた人間中心主義こそが、地球上における人間のおごりを生み、数々の取り返しの効かないような環境破壊問題を生み出しているように思えてならない。
  
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2008年02月29日

お金で買えるものと買えないもの

世の中には、いいとかわるいとかの判断は別として、たしかにお金で買えるものと買えないものがありますが、たとえば、皆さんひとりひとりの命は、たとえ1000億円、100兆円だしても絶対に買えないという厳然たる事実がありますね。

東急グループを一代で築き上げた五島慶太氏が、自分に余命がいくばくもないことを知り、「全財産をやってもいいから、私に寿命をくれ!」と号泣したという話があります。命を失えば、大事業もできません。

とはいえ、何がお金で買えて、何が買えないのか、をしっかり知っておくことも、よりよく味わい深く生きる知恵につながることでしょう。

たまたま、中国のことわざを、華僑の実業家が紹介していたので、なかなかドライで一味ちがう現実をずばり直視している奥深さを持っているような気がしますので、ここにご紹介します。


「お金で買えるものと買えないもの」 (作者不明)


お金で「家」は買えるけど、「家庭」は買えない。

お金で「時計」は買えるけど、「時間」は買えない。

お金で「ベッド」は買えるけど、「快適な睡眠」は買えない。

お金で「本」は買えるけど、「知識」は買えない。

お金で「名医」は買えるけど、「健康」は買えない。

お金で「地位」は買えるけど、「尊敬」は買えない。

お金で「血」は買えるけど、「命」は買えない。

お金で「セックス」は買えるけど、「愛」は買えない。



私は、このことわざをきっかけに、いろいろなことを考えてしまうのですが、皆さんは、どういうことをお考えになりますか?

お金も大切ですし、命も大切。

どちらも、人生の幸せを実感するためには、その土台となる大切なものですから、その絶妙なバランスをとっていくことがきわめて大切なんでしょうね。

日常生活に忙しいときに、立ち止まって考えさせてくれることわざですね。

立ち止まって皆さんは、何を思うのでしょう?
  
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2008年01月16日

寒くて、冷えこむときの風邪予防

寒い、冷え込む日が続きますね。

そこで今回は、具体的に「寒くて、冷えこむときの風邪予防」というテーマで書きます。

ちょっとしたことですが、これも知っておくと、冷えからくる風邪の予防に役に立ちますので、しっかり読んで役立ててくださいね。


まずは、大前提。夜更かしや睡眠不足にならないよう、しっかり、ぐっすりと睡眠をとること。さらに、もちろん、あったかい格好をしていてくださいね。

これは、けっこう重要です。

実は、ぐっすりよく眠ることは、体の免疫力を調整し、活発にし、強化する上で非常に重要なんですよ。

そのうえで、体が冷えたときなどは「玄米ねぎみそ雑炊」を食べます。ねぎ入りみそおじやですね。これは、体が冷え切ったときなど、効きます。

みそ汁の残り汁を使った手抜きでもいいですから、殺菌力抜群の長ねぎをたっぷり加えて、みそも、インスタントな製造ではない無添加の天然醸造の、本物の「豆味噌」を使うとますます効果抜群。

そうでないと、あまり食薬としての薬効が期待できません。

これは、腸をあたため、玄米の持つ繊維質も相乗的にはたらいて、腸のぜん動運動を促し、便秘を予防し、古便を腸に溜めないばかりか、ねぎの殺菌作用で、ばい菌やウイルスをやっつけ、とくに冷えからくる風邪の予防になります。

便秘は万病の元。

あとは、寝る前に、かなり熱いお湯で、足首まで「足湯」をして、足に新鮮な血液を集めて真っ赤にしてから、靴下を履いてぐっすり休むと、冷えこみからくる風邪のひきはじめには絶大な効果があります。風邪のひきはじめなら、これだけで薬も飲まず、治ってしまいます。

この対策をしつつ、体に「ぞくぞくっ」ときたときには、暴飲暴食をつつしみ、少食気味の食養生につとめ、よく休み、よく眠ることをきちんと併用すると、ほんとうに見事なくらいに、風邪から体を守れます。

是非、素直にやってみてください。

バリエーションとして、甲府あたりの名物のみそ煮込みうどん「ほうとう」も、長ねぎをたくさん入れて食べるのもいいです。


実は、最良の薬とは、食物を薬として上手に活用することで、自分自身の体の免疫力を強化し、自分の脳(気持ち)と体で作り出す自家製の薬なんですよ。

製薬会社が売ろうと、やたら不安感と恐怖心に訴えて、宣伝であおってくるような風邪薬よりも、はるかに、こういう地味でシンプルなやり方の方が効きますよ。だって風邪のウイルスを殺す風邪薬はないし、けっきょく風邪でも治しているのは自分自身の治癒力のはたらきであって、風邪薬は、単に症状を対症療法で一時的に押さえ込んでいるだけですから。

それでは、また!

ときどき、こういう具体的な記事も書きます。

  
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2008年01月05日

インフルエンザ・ワクチンは、役に立たないようです

このブログは、おもに経営者とそのご家族の健康管理や「命もうけ」に、お役に立ちそうな目からウロコの情報や知恵を、できるだけわかりやすくお伝えすることを目的としています。

あけましておめでとうございます!

心ある読者の皆さんにとって、かしこくたくましく健康で幸せで実り多い1年でありますように!


さて、夜が冷える1月になり、受験シーズンもピークとなり、インフルエンザについての話題がマスコミ等で騒がれているようですね。

どうも企業でも、保健所でも、インフルエンザ・ワクチンを接種することを予防法として奨励している傾向があるようですが、私は、インフルエンザ・ワクチンの有効性について、かねてより大きな疑問を持っていました。

なぜならば、ワクチンを製造するには時間がかかりますし、インフルエンザのウイルスは、シーズンごとにどんどん新たに変化してあらわれますから、今まで有効だったワクチンが今度も効く保証はないし、むしろ、インフルエンザ・ワクチン接種によって、弱っていた体の人が、もろインフルエンザそのものにかかってしまったり、むしろその副作用や害のほうが目立つ場合がかなりあるのが事実であるのに、ひたすら厚生労働省や医師たちは、そういう事実を見て見ぬ振りして、きちんと直視しようとはしない傾向があるからです。

誰か感染症の専門家がはっきりそういう事実をいってくれるといいのですが、ほとんどの医療者は、「臭いものにフタ」、自分にとって得にならないことには沈黙したままで済ます傾向が強く、ため息をついて現状をながめていました。

ところが、やはり生命に直結した女性の「母性の力」というか、肩書きにとらわれない強さというか、その道の専門家が、はっきりと「インフルエンザ・ワクチンは役に立たない。打つとかえって害がある。」と、はっきりと本に買いてくださったので、非常にうれしく、ありがたく、広く心ある読者の皆さんに推薦する次第です。

本の題名は、ストレートに「インフルエンザ・ワクチンは打たないで!」(双葉社)で、著者は 母里啓子 先生インフルエンザ・ワクチンは打たないで!
著者のプロフィールを拝見すると以下の通り。

母里啓子 先生

1934年東京都生まれ。医学博士。
千葉大学医学部卒業後、伝染病研究所(現・東京大学医科学研究所)でウイルス学を修め、愛知県がんセンター研究所に勤務。在職中に、カナダのトロント大学オンタリオがん研究所に2年間留学。帰国後、東京都がん検診センター検査課長、横浜市衛生研究所細菌課長を経て、国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部感染症室長、同附属図書館長、のち、横浜市の瀬谷、戸塚、旭の保健所所長、介護老人保健施設「やよい台 仁」の施設長を務め退職。『おおきい・ちいさい・よわい・つよい』(ジャパンマシニスト社)編集委員。著書多数。


しっかり感染症の専門家で、医療行政の現実にじかに関わってきた方であることがわかります。

そのような感染症専門家が、医療行政の現場に実際に関わってきた立場から、あたかもあえて悪いくじを引いて、勇気を持って書いてくれてくれたような、その本の内容は、著者と出版社によれば、次のようになります。

「 インフルエンザ・ワクチンは効きません。 関係者には常識です。

1.日本で接種が始まった当初から関係者にはわかっていました。効かないということが。

2.効果がないので1994年には小中学生への集団接種も中止されてしまったほどです。

3.効かないことは厚労省もわかっています。「流行対策がない」との批判を避けたいだけです。

4.インフルエンザ・ワクチンは血液中にしか抗体を作れず、のどや鼻には抗体ができません。ウイルスはのどや鼻から入るから感染はまったく防げないのです。当然「家族や周囲の人や乳幼児にうつさない」ということも不可能です。

5.インフルエンザ・ワクチンはもともと流行を予測して作られているだけ。そのうえに、インフルエンザ・ウイルスは日々猛スピードで形を変えるので効果は期待できません。

6.インフルエンザ・ワクチンは、製法上、弱い抗体しか作れません。殺したウイルスの、さらにその一部だけを使って作るので、体内で増えず、ウイルスの一部に対する抗体しかできません。

7.高齢者の肺炎や乳幼児の脳症はインフルエンザとは無関係です。「かかっても重症化を防ぐ」も嘘。そのようなデータは全くありません。

8.「打っておいたほうがいい」どころか副作用があるから怖いのです。死亡者も出ています。打たないほうが安全だし安心です。そもそもワクチンは病原菌なのだし薬事法上は劇薬です。接種にはもっと慎重であるべきです。

9.効かないことを知っている医師も多いのですが、患者離れが怖いから言えないのです。

10.インフルエンザ・ワクチンは儲かるからなくならないのです。皆さんも、マスコミやお友達の言うことを真に受けずに、この本で真実を知ってください。 」



思わず、のけぞってしまうような目からウロコの証言ですね。

私は、やっぱりなあ、と、このような本をあえて書いてくださった母里先生に、心から感謝したい気持ちで一杯です。

感染するかもしれないという人の恐怖心につけこんで、ワクチンを売りさばきたい製薬会社にとっては、余計なことはいうな、と医者と医療行政を抱き込んで、いろいろな圧力やいやがらせを、このような先生にかけてくるのは必至でしょうから、ほんとうによくぞ書いてくださった、と言いたい気持ちです。

ただし、皆さんにお願いしておきますが、インフルエンザ・ワクチンをするしないの判断は、かならず自分自身の頭でよく考えて、あくまで自己責任で判断してくださいね。こういった情報は、あなた自身の判断のためのあくまで材料にすぎません。あくまで自分で決めてください。私は自己責任で、もちろんワクチンの接種などしないし、家族にもさせませんが。自分と家族の命に関する重要な決定は、自分たちで判断して決めてください。

さて、ズケズケとモノを言う口うるさい舛添厚生労働大臣になってから、次々と隠してきた事実として出てきた、厚生労働省の役人と製薬会社との癒着と談合の現実

つるんで、故意に、血液製剤の輸血によるC型肝炎感染者の存在を隠蔽し続けてきた事実は、ほんとうに悪質なひどいもので、いつのまにか知らぬ間に感染者にさせられていた患者さんたちは、ほんとうにお気の毒に思います。

ただあの事件で、一番悪いのは、製薬会社とつるんで故意に事実を隠してごまかした、当時の厚生労働省の担当官たちと、そして、なんといっても最も凶悪なのは、わかっていて故意に隠すよう役人を抱きこんで「画策」した製薬会社の連中ではないでしょうか?

国の責任といって、国に補償を求める、といっても、その補償となるお金は、C型肝炎感染者の方々をも含めた国民皆の払った税金から出るのであって、国民全員が連帯で補償するようなものです。この場合、日本人同士の助け合いという意味では、それもやむをえないでしょう。

その蔭で、しっかり一番悪質な製薬会社が、国にばかり責任をなすりつけて、国の責任ばかりがマスコミで注目される中、自分たちの最凶悪の犯罪に直接触れられないよう、じっと息を潜め、ほとぼりが冷めるまで様子をうかがっています。許しがたい犯罪者たちがぬくぬくと責任を逃れています!

私は何よりも、過失ではなく、故意に、危険を知っていながら、血液製剤を売り、使用させた製薬会社と、当時の厚生労働省の担当責任者が、その「殺人」にも近い「故意の犯罪行為」の罪を償い、「全面的補償」をすべきことであり、その当時の厚生労働省担当責任者たちすべての即「全財産没収」と刑事罰、その製薬会社の即「全財産没収」と即「廃業」と刑事罰が、最高裁判所の裁定と命令により、即、強制的に施行されるべきであって、それにより、被害を受けたC型肝炎患者の「全面的救済補償」を行なうのが本当の「スジ」だと思いますね。奴らがなんでまず自分の腹を切って弁償しないのでしょうか?死刑にしたっていいくらいですよ、悪質で計画的な隠蔽工作をともなう「故意の人殺し」だもの。ちがいますか?

製薬会社の非常にずるがしこい連中は、「国の責任」という口上の蔭に隠れて、ヌクヌクと知らん顔して、会社の営業を続けているではないですか!

こういう凶悪な連中の身ぐるみを全部はがして、気の毒な患者さんの全補償をするのが、まず何よりもやるべきことではないか、と思われてなりません。

日本だけでなくて世界中で、巨大な財力と政治力を持つ大手製薬会社が、医療行政やマスコミ、大学医学部、病院、医師、医学会、患者支援団体を、したたかにすっかり抱きこんで、巧みに癒着している。こういう信じがたいような現実は、善意の皆さんの想像を絶するすさまじいものがありますよ。くれぐれもご注意あれ。

ほんとうに必要なとき以外は、薬を頼ったり、やたら使わないのが一番かしこいと思いますね。

心ある皆さん、論理的にたくましく頭をはたらかして、製薬会社の巧みに人の恐怖心をあおるようなこすいプロパガンタや宣伝にはのせられないで、薬いらずでかしこくたくましく元気に生きていきましょう。

  
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2007年12月31日

マスクをしても、ウイルス感染の防御にはなりません

このブログは、おもに経営者やそのご家族の健康管理や「命もうけ」の知恵として役立つような目からウロコの情報や発想を、できるだけわかりやすくお伝えすることにあります。

ごぶさたして申し訳ありません。

12月に入って中旬を過ぎたあたりからとくに、寒い冷える日も多くなり、風邪をひいているのか、それとも風邪やインフルエンザの予防のためなのか、マスクをしている人が目につくようになりました。

そういえば、以前、SARSがアジアで流行した折も、SARSにかかるまいと、とくに中国人たちはこぞってマスクをしていましたね。

いわゆる風邪も、インフルエンザも、SARSも、ウイルスによるものですが、業者は、ここぞとばかりマスクを売ろうと、人の不安感や心配や恐怖心をあおりながら、科学的実験で??「ウイルス99%以上除去」?などと宣伝文句をうたっていたりします。

本当でしょうか??

実は、以前、長年親しく友人づきあいしている世界的に有名な医師のアンドルー・ワイル博士が国際学会で来日したとき、話題になって、2人で大笑いをしてしまったことが、このマスクの件です。

だって、よく考えてみてください。

ウイルスは、細菌よりもはるかに小さいものですが、たとえば、ウイルスの大きさを「サッカーボール」としたら、マスクの穴の大きさはどのくらいになると思われますか?

そうですね、ウイルスの大きさを「サッカーボール」とするならば、マスクの穴の大きさは、「サッカー競技場」くらいの大きさになるんですよ!

それくらい大きな穴をと通ってくる小さなウイルスの大群を、なんで99%以上も除去できるんでしょうかね。奇跡のテクノロジーなんでしょうか。思わず、「大ウソツキー!」と声を大にしていいたくなるくらい、ありえないことです。

もし、あくまで本当というのなら、実際にきちんと証明してほしいですね。それも本当のマットウな科学的な検証で。エセ科学じゃなくてね。

ウイルスを通さないくらいの小さな穴のマスクだったら、口から出る水蒸気も通さんだろうし、息だってできないじゃないですか。

よくきちんと論理的に考えたらわかることじゃないですか!

こういうのを、科学ではない、単なる文学的な大ウソというのですね。

SARSが流行ったときに、世界保健機関(WHO)でさえ、打つ手がないので、なんの役にも立たないのに、マスクを奨励したわけですから、これは医学や科学というよりも、単に政治的な意味での文学的表現のプロパガンタで、その場をごまかしただけのことといえるでしょう。

いいですか、マスクは、ウイルスの防御をするためには、なーんの役にも立ちませんからね。

ただ、咳き込む人のつばきや痰を、うっかりじかに飲み込まなくていい、ということはありますから、そういう意味では無駄だとは思いません。

むしろ、ウイルス感染への予防対策は、不規則な生活や不節制による不眠や疲労や便秘などで、からだの免疫力を落とさない、ということにつきましょうか。疲労をためず、よく眠り、よく休む、ことがウイルス感染予防には大切です。

ウイルス感染の予防には直接関係ないとの説もありますが、マメにうがいをすることも、私はやっておいて損はない、いいことだと思っています。

マスクをしていれば、ウイルス感染を防げると、まるで迷信のように思い込むことは、文学的な思い込みにはなっても、科学的な対策にはありませんから、くれぐれもご注意ください。

それよりも、あまりに過保護になって、やわになっているあなたの全身の免疫系のはたらきを鍛えなおすことのほうが大切でしょうね。

2008年、皆さんの人生にとって、よりよい1年でありますように!

  
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2007年05月31日

心に痛快な平手打ちを入れてくれる詩と出会う

このブログの目的は、経営者とその家族の方々の健康管理や「命もうけ」について役に立つような、眼からウロコの情報や発想を、まわりやすくお伝えすることにあります。

実は、先回のブログのあとに、がんになったら、抗がん剤を使うべきか、そうすべきでないか、という問題について、いろいろと書こうと思いましたが、非常に慎重で正確な判断を求められる問題なので、誤解がおこらないように書くには、じっくり慎重に書く必要があり、私の考え方も、日々進化してきているため、ある程度、集中して取り組む必要があるな、といろいろ考えているうちに、どんどん時間が経ってしまいました。申し訳ありません。

そういうなか、5月中旬には、米国ワシントンDCから、国立衛生研究所の国立相補・代替医療センターの元プログラム・デイレクターをしていた友人が来日して、いろいろ世話をすることに追われ、さらに、この5月27日には、東京大学医学部研究棟鉄門記念講堂で、「国際Heathy Agingシンポジウム―東洋の知恵と西洋科学の調和」と題して、「東西医学における『ヘルシー・エイジング』の知恵を探る」ことをテーマに、日本、中国、韓国、インド、チベットの伝統医学のエキスパートと、米国の、統合医療の分野では、世界的に有名なアンドルー・ワイル博士が一堂に会しての東西の医の知恵の共演ともいえる国際会議が開催されました。[巷で流行のアンチ・エイジング(Anti-Aging)とヘルシー・エイジング(Healthy Aging)の考え方の根本的な違いについてはここをクリックしてお読みください。]そこで、私の20年来の友人であるワイル博士を空港まで迎えにいったり、彼のスケジュールに何日かずっと同行したりで、けっこうバタバタしておりました。時代的にも意味のある東西の医の知恵を結ぶような国際会議が、なかなかに充実した内容で、よい盛り上がりのうちに、無事終了し、ほっとしているところです。

こういう時期は、ぴたっとアタマがモノ書きモードから離れてしまうので、長い空白をたいへん失礼いたしました。

また、金融と経済のエキスパートである木村剛氏が、先回の私のブログ記事を、思いがけず、全面的にご自身のブログで取り上げてくださり、感謝しております。その中で、木村剛氏が、抗がん剤の副作用で苦しまれたご親族の方について書いていらしたこともありますし、このことは、いざとなると本当にどう対処していいか、誰もが非常に悩まれる問題と思いますので、いずれ、非常に重大な抗がん剤への対処についての問題は、まとめて取り上げ、時間をかけて書くつもりです。

また、まだ次回のメルマガからでも、ダウンロードできるようにしておきますので、がんへの対処のしかたについての、具体的なアドバイスについては、無料の特別レポート「がんと宣告されたらどうしますか?−がんに対処する知恵」をお読みいただき、是非、参考にしてみてください。もうすでに、何人か非常に参考になったとのお便りをいただきました。

さて、前置きが長くなりましたが、ある北大を出た獣医の資格を持つ生物学の先生から、思いがけず、痛快な詩を、おしえていただきましたので、皆さんにご紹介します。

何かとグズグズと言い分けしやすい私たちの心に、ピシャリと気持ちのよい平手打ちをくらわせ、気持ちを新たにシャンとさせてくれる詩です。

私は、自分勝手な被害者意識や自己中の自己陶酔やナルシズムが先行しているような、どこか甘ったれたひ弱な「癒し」ごっこよりも、たとえツッパリであっても、こういう気概のある方が好きですねぇ。社会の犠牲者面をしたって、何の解決にもなりませんから。

昔から、茨木のり子という詩人の存在は知っていましたが、こういういい詩を書く方とはまったく知りませんでした。痛快で、気持ちを、スッキリ、シャンとさせてくれるような詩です。



自分の感受性くらい
       
                   茨木のり子


ばさばさ乾いてゆく心を
ひとのせいにするな
みずから水やりを怠っておいて


気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか


苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし


初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもひよわな志にすぎなかった


駄目なことの一切を
時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄


自分の感受性くらい
自分で守れよ
ばかものよ





いやあ、お見ごと!
思わず、座布団1枚あげたくなってしまうほど、です。
平易な言葉ですが、奥深いですね。

何かうまくいかないことがあると、すぐに社会や時代や学校や家庭、さらには病院や医者のせいにして、自らのことは棚に上げて、まるで自分は被害者のようにいいわけしやすいのが、無責任なマスコミや多くの人間の常ですが、いわゆる「格差社会」の犠牲者のふりをしたところで、誰も助けてはくれませんし、問題は何も解決しませんね。

医療の問題にせよ、医療技術や薬や医者にあまりにも安易に頼る傾向が強く、日頃から病気にならない努力や生活をおこたっているから、いざというときにあわてて困るわけです。

私の領域に関して逆説的にいえば、たとえ、理想の病院を作れたら作れたで、人は安易にそういうものにすぐに頼ろうとするでしょうし。むしろ、かえって病院などない方が、へたに病気になれなくなるので、かえって人間は病気にならない努力をするようになるのではないか、と思うこともあります。

だって、自分の命、家族の命を、他人まかせにしている人が、世の中にはあまりにも多すぎますからね。

茨木のり子の言葉を真似れば、

やりなおしの利かぬほど大切な
自分と家族の命や健康くらい
自分たちで守れよ
ばかものよ


となりますでしょうか。

この思いあればこそ、私は「命もうけ」の知恵について、あえてブログを書いているんであります。

とはいえ、決して、この一喝「ばかものよ」は、私が上からえらそうに皆さんを叱りつけているわけではなく、私自身への一喝でもありますから、誤解なさらないでくださいね。人は、命とは、健康とかいう、日頃あたりまえにいつまでも空気のように存在するかのように思ってしまっているため、それを自分が失ったり、周囲でそういうことが起こらない限り、なかなかその重大性に気がつかないものなんですね、誰もが。だから、多くの人はタカをくくり、安きに走りやすいわけです。

さて、いつの時代、どんな社会でも、「天は自ら助くる者を助く」というのが、病気を治す場合でも、事業を成功させる上でも、真実なのではないかと思います。人や時代のせいにしたって、はじまらないし、結局、何の問題解決にもならないわけです。

その意味で、この詩は、まさに「天は自ら助くる者を助く」精神を人間の誇りをもって、きっぱりうたっているところが、われわれがつい陥りやすい甘ったれ根性への、痛快な目覚めるような平手打ちのようで、見事だと思います。それでいて、そのまなざしには人間への励ましと愛情がありますね。ああ、スカッとする気持ちのいい詩だ。

自分の感受性くらい( 茨木のり子 花神社 )という茨木のり子の詩集か、茨木のり子の6冊の詩集からエッセンスを集めたアンソロジーといえる本おんなのことば( 茨木のり子 童話社 )の掲載されていますので、是非、茨木のり子さんの他のスカッとするような詩もお読みください。
自分の感受性くらいおんなのことば
  
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2006年06月27日

忘れられないバリ島の型破りな画家

 このブログの目的は、おもに経営者とその家族の健康管理と「命もうけ」に役立つような情報や発想を、わかりやすくお伝えし、日頃、一大盲点になりがちな大切な生命へのインテリジェンスをすこしでも養っていただけるようなヒントとしていただくためです。

 でも、健康についての知識ばかりでもつまらないし、結局、自分の命について理解を広げ、深めることは、「人生そのものをどう生きるか」という問題にも大きく関わってきますので、健康そのもののHow Toにとどまることなく、生きること全般についても、どうぞ広く自由に書かせてください。

 インドネシアのバリ島の中部にウブド村という、バリ伝統芸術のメッカがあります。歴史的に見ても、この村の周辺にバリに魅せられた芸術家が世界からやってきて住みついてしまったというような場所です。

 たしか1991年だったか、はじめてこの村を訪れて、強い日差しの中で、草木が輝き、段になった水田の水面が、太陽に光に輝き、村の人や子どもたちが、一日を終えて、夕方ちかく川や水田の用水路で、水浴びをしている姿を見て、「まさにゴーギャンの絵画そのもののような光景ではないか!」と驚いたことがあります。

 ウブド村の西にチャンプアンという地域があり、そこに、世界的に有名なバリ島の画家アントニオ・ブランコのアトリエ・スタジオがあります。

 はじめてそこを訪れてみて、驚いたのは、画家が実際に創作をする制作現場である部屋を自由に見学できたことで、展示してある絵画を見たあと、実際にまだ製作途中の絵が、そのまま見れることもありました。もちろん制作中は鍵を閉めていて、誰も入れませんが、そうでないときは、自由に見れるのです。展示されている作品に見入っていると、そこに突然、どこからともなくベレー帽をかぶった人があらわれ、親切にいろいろ説明してくれるので、いったい誰だろうと思っていると、本人だったので、さらにまた、びっくりしたものでした。

 見学者に何か制作中の絵にいたずらされたり、物を盗まれたり、心配や不安はないのか、と誰もが気にかけるのですが、本人はそれを笑い飛ばすようにいいます。

「ちゃんと念のために、セキュリティーはいるし、テレビモニターでも監視はしているから、何かあれば、ガードマンがすっとんでくるから大丈夫。それより、いつも人が人を疑い、何かされるのではないか、という恐怖心があるのが一番いけない。私は、人のなかにある神性(Divinity)というものをとにかく信じているんだ。人間には、もともと、そういう神性(Divinity)というものが備わっていると思う。だって、生まれてきた赤ん坊に悪人がいるかい?それを信じないから、人を疑い、心配し、気を病む。これは、すべて心の持ち方の問題だね。私の妻はいつも心配ばかりするので、だからいつもけんかばかりするんだよ。困ったもんだ。」

 私は、本人と実際に話しをしてみて、「へぇ〜、そんなものの見方があるんだな、たいしたものだ」と素直に感心したものでした。彼の人生観や世界観は、いろいろなすべての善悪を見通した上で、あえて「人の善性」を見ようとする楽天的で天真爛漫なもので、何か大いに励まされたような気がしたものでした。疲れたときに、「生きる勇気をもらう」とでもいうのでしょうか。

 彼といろいろな話をしていくなかで、哲学的な話にもなり、Holistic(ホリスティック)というのはどういうことか、と聞いてきたので、わかりやすく、その本質を説明したところ、ブランコ氏は、なかなかその発想が気に入ったようでした。また、東洋哲学の話になり、陰とか陽の原理について、一見矛盾対立し、相反するものが、実はこの世界のダイナミックな変化とひとつの全体のバランスを作り出している、という話をしたら、非常に感心して共感してくれ、「そうか!なるほど!だから、私とワイフの性格がまったくちがうわけなんだな。かえって、それでバランスがとれているというわけだ。これは、おもしろい!」とユーモラスな解釈をして、かなりよろこんでくれました。

 彼は、完全な菜食主義で、食事も、いつもただひとりで静かに時間をかけてひとつの儀式のように取るような人でしたから、健康管理にも細心の注意をしているようでした。

 バリ島に来るたびに、彼のアトリエを訪れ、彼と人生観や世界観について意見を交わすことは楽しみになりました。すぐに気を病む心配性な奥さんが、喘息もちで、季節や天候、また体調によって咳がひどくなるというので、その相談にのり、いろいろと具体的なアドバイスをしたところ、ブランコ氏は、「You have Divinity!」といって、とても感激してくれたようでした。

 それから、毎年のように、くりかえし会うたびに、他に来客中でも、その海外からの客に対して、私のことを気さくに「彼は、日本から来たホリスティックで重要な人です。」などと、やや大げさに紹介をしてくれたので、なんとも恥ずかしいやら照れくさいものでした。

 ブランコ氏は、いつも明るく陽気でおしゃべりでしたが、今まで夢中になって話していたかと思うと、いつのまにかいなくなり、どこに行ったのか、戻ってこないな、と思っていると、すでに自分の部屋で昼寝をしている、といったありさまで、全く愉快で天真爛漫な自由人でした。あくまで自分のペースで生きているというのでしょうか。でも、にくめないのです。

 ブランコ氏は、バリ島の女性をモデルにした、ダイナミックで写実的で、コラージュなどとも組み合わせた、かなり色っぽい絵を描くのですが、実は、彼の絵画そのものより、彼の人生そのものが実におもしろい型破りなドラマそのもので、私は、その生き方そのものに、なんともいえない人生の芸術を見る思いがしたのです。

 もともとアントニオ・ブランコ氏は、フィリピンのマニラ生まれのスペイン系アメリカ人です。だから、スペインの情熱的なラテン気質をもっているようです。はやくから早熟な絵画の才能には恵まれていたようですが、その後生活した米国本土で、芸術に理解がなく、その商業主義、物質主義一辺倒であった1940年代から50年にかけての米国のありかたに、とことん嫌気がさして、そこから思い切って脱出をはかります。

 米国本土からハワイにしばらく滞在し、そこから、いよいよ、芸術家のあいだでのうわさになっていた伝説の島、バリ島に船で渡り、永住しようというのです。

 バリ島を目指す途上、船の上で、当時のカンボジアの王子と知り合いになり、王子にせがまれて、カンボジアに招待され、そこでしばらく生活することになります。この展開もドラマチックですね。

 やがてカンボジアに別れを告げ、シンガポールを経て、1952年、とうとう念願のバリ島に到着します。飛行機のない時代ですから、すべて船なわけです。そのとき、彼は、すでに41歳。たいした冒険だと思います。そして、彼はウブド村に入ります。ところが、なんと、そこで財布を盗まれ、すってんてんの一文無しになってしまいます。

 しかし、こういうピンチのときに、不思議なめぐりあわせで、ブランコ氏は、バリ島の王族の人たちと知り合いになり、親しくなります。そして、彼らの助けで、川沿いのチャンプアンという一角の土地を与えられ、そこでの生活と永住を認められることになるのです。この展開も、まさにドラマですね。

 といっても、住む家は、あばら屋。キャンバスを買う金もない中、傘の布地を破ってのばし、木の枠に釘で打ちつけてキャンバスの代わりにして、作品の制作にうちこんだようです。そして、村のバリ舞踊の踊り子の娘、ニ・ロンジと結婚します。( ニ・ロンジは、当時、まだ17歳くらいだったのではないでしょうか。のちに女3人、男1人の4人の子どもに恵まれます。41歳から4人の子ども!たいしたもんです。)

 さて、そういうなかで黙々と作品の制作に励むうちに、彼のあばら家のような制作アトリエ兼住居を、彼のうわさを聞いてか、ある人が、訪問し、彼の絵を買い上げます。

 誰かといえば、インドネシア独立の父、時のインドネシア大統領、スカルノ大統領でした。アントニオ・ブランコ氏の人生は、このように伝説のような型破りなエピソードに満ち溢れています。まるで映画を見ているみたいですね。なんともドラマチックな人生ではありませんか!

 誰にも気さくでオープンな人で、気分がのれば話好きな人なので、世俗の人たちには、つい彼のことをかるがるしく普通のタダの人のように考えてしまう浅はかな人もかなりいたようですが、ブランコ氏のアトリエを訪れた世界の有名人のファンには、世界的な超大物女優イングリッド・バーグマンをはじめ、ハリウッドの有名映画スターたちが数多くいます。

 また、世界的に超有名な歌手のマイケル・ジャクソンとも親しく、人と交流せず、気むずかしいといわれているマイケル・ジャクソンのプライベートな直通電話番号を知っている、数少ない友人のひとりがブランコ氏でした。

  といって、そのような世界的に有名なスターにファンがいて、つきあいがあるからといっても、それを鼻にかけるようなことはまったくありませんでしたね。つまらないこだわりや陳腐な見栄や虚栄がない本当に天真爛漫な自由人でした。こういう型破りな人は、現在80歳の年齢未満のの世代の人には、まったくいなくなりましたね。仮にいても90歳以上の人ばかりです。

  彼のことを変人とかエキセントリックな人とか評する人も多かったようですが、私は、こういう型破りで、ドラマチックで実におもしろい人生を実際に生きてきた人が、大好きです。何かうれしくなり、励まされ、現実の壁に直面し、なんだか疲れてきたようなときに、あらためて自分の人生を生きる勇気をもらったような気分になります。

  残念なことに、ブランコ氏は、1999年に亡くなりました。1911年生まれということですから、88歳まで長生きされたことになります。ちょうど彼のアトリエ・スタジオのとなりに、ブランコ・ルネッサンス美術館をいうものを1998年から建設中で、2000年に完成しましたから、その完成を見ることなくして亡くなったこと非常に残念でした。

  彼と親しく交流できた8年間は、私にとって貴重な思い出になっています。ただ、こういうスケールの大きな人が、この世から、また一人いなくなってしまったことが、すごくさびしい。

  奥さんの喘息の相談にのったことのお礼としてなのか、彼の創作した詩が入った自作のコラージュ作品を、わざわざ贈ってくれたことがあります。サインの入った本物ですよ。大切にしまってあります。

  今では、息子さんのマリオ・ブランコ氏が、画家として、父親とはまた違う独自の作風で、アトリエ・スタジオで制作に励んでいます。今でも、彼や彼の子どもたち(ブランコ氏のお孫さんたち)ともたいへん親しくしています。村の娘で、9歳のときからブランコ氏のモデルや手伝いをしてきたアスマリも、もう今では、結婚して2年目で、26歳になりました。彼女も今でもスタジオの手伝いをしていて、行くたびに歓迎してくれます。皆、心がオープンで、親切で気持ちのよい人たちです。人生、こういうおつきあいが長く続くことはうれしいものですね。

  その後、ブランコ・ルネッサンス美術館が完成してから、あらためてバリ島のブランコ邸を訪れました。そして、案内された美術館の中に足を踏み入れたとたん、そこには、ブランコ氏らしくポーズをとって絵筆を握っている彼の写真が入り口に大きく飾られていて、思わず、生前、彼が笑顔で「アパ・カバル!」(「元気かい!」)といいながら、訪問を歓迎してくれたときのことが頭をよぎりました。

 ドームのような館内には、イタリアオペラが誇る盲目の天才テノール歌手、アンドレア・ボチェーリが高々に歌う「CANTO DELLA TERRA」という曲がかかっていました。まさにそれはブランコ氏と彼の人生にぴったりの曲でした。アントニオ・ブランコ氏のドラマチックな人生を讃えるにふさわしいような情熱的な歌声が館内に響き渡り、館内のどこかから、ブランコ氏が、いつものようにやや大げさに手を広げて、ニコニコと現れてくるような気がしました。

  その彼が「なにがあっても、とにかく人生はすばらしい!とにかく生きていることはすばらしいことなんだ!」と語りかけてくるような気がして、その調べに耳を傾けながら、私は、ただ涙がこみあげてきてなりませんでした。

  実はこのブログ記事は、バリ島のウブド村で書いています。書きながら、何度も涙がこみあげてきましたが、いつかは書きたいと思っていたことでした。

 人生をドラマチックな作品のように生ききった、型破りなバリ島の画家アントニオ・ブランコ画伯の「人生賛歌」と、人生を芸術として肯定しきる彼のよろこびの笑顔は、私が生きることにやや疲れを感じたときに、新鮮な「生きる勇気」と励ましをくれるのです。ブランコさん、ありがとう!

  
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2006年03月17日

あるお年寄りが、死ぬまえにやっとうちあけた胸のうち

 このブログは、主に経営者とその家族の健康管理や「命もうけ」に役立つような、目からウロコの情報や発想を、わかりやすくお伝えし、できるだけごいっしょに考えて、いのちへの具体的な知恵と感性を養っていただくのが目的です。

 ですが、ときどき脱線もさせていただき、さまざまな人間模様についても触れたく思っております。

 先回までは、花粉症について、具体的な対処法についてでしたので、今回は、つい最近、身近におこったことについて書きます。

 私の、ある年少の友人には、雪国に、大好きなはたらきもので元気なおばあさんがいました。86歳になっても、市場に野菜を売りに行ったりしていたそうです。

 そのあばあさんが急に体調を崩し、診察を受けたところ、すでに末期の肝臓がんで、おなかに腹水もたまっている状態でした。本人はそのことを全く知らず、「いつ退院できるんかねぇ」と病院をいやがって、はやく出たがっていたようです。

 実は、胃がんからはじまり、肝臓にもがんが広がり、とにかく打つ手がない状態だったとのこと。それゆえ、高齢なことも考慮して、抗がん剤は一切病院では行われなかったようで、判断が適切な良い医師にめぐまれたようです。

 自分が末期のがんであることを知らぬ本人は、意外に元気で、家に残してきた犬のことを気にして、夜中に犬の夢を見て、犬を追いかけようとしてベットから落ち、顔面を床にぶつけて、ケガをするというありさま。

 あまりにも、家に帰りたがるので、医師たちは、ほんとうは無理な状態だが、特別に一時、帰宅を許しました。そして、毎日、雪の中を往診に来てくれることになりました。これには、思わず、頭が下がります。だって、ふつう雪の中を3時間かけて、毎日往診などできるものではありません。いまどき、こういう医者もいる事実があることは、うれしくなります。

 おばあさんは、感動の再会を愛犬と果たしましたが、やはり、病院のようには、部屋もあたたかくなく、すぐに体調を崩し、ただちに再入院になりました。

 私の友人は、ウィークデーの仕事が終わると、週末、かならず自分で運転して、東京から北陸の病院まで、おばあさんのお見舞いに通っていました。これも、すごいことです。だって、片道11時間もかかるのに、毎週欠かさず見舞いに行っていましたから。

 そうしているうちに、おばあさんは、すでに敗血症になり、熱もあり、体力もかなり落ちてきたようです。すでに、おかゆしか食べれないし、病院の食事もおかゆだけです。

 そんな折、おばあさんが、しみじみと孫の彼女に、こういったそうです。

 「あのなあ、実は、おばあちゃんが、おまえたちに今までずっとだまってて、いわんかったことがある…」

 「…………」(孫、何ごとだろう、とただ沈黙)

 「それはなあ…実は、おばあちゃんはエビフライが好きだったんじゃ!」

 「!!……」(孫、あっけにとられ沈黙)

 孫の彼女は、おばあさんがてっきり遺言のようなことをいうとばっかり思ったようです。

 さらに、そのあばあさんは、こう続けたそうです。

 「あと、カニも好きじゃ。」

 「…………」(孫、返す言葉もなく、さらに沈黙)

 この話を聞いていて、私も、一瞬あっけにとられて、目が点になりましたが、そのあと、いっしょに大爆笑し、笑いが止まらず、おなかが痛くなりました。これには、思わず座布団一枚!といったところです。

 いったい、どういうつもりで孫に告白したのかは、定かではありませんが、なんともにくめないというか、ほほえましいというか。現実のストーリーは、小説やTVドラマを超えていますねぇ。

 でも、大笑いしたあと、あとでこの話を思い出して、私はじーんときて、思わず涙が出てきました。

 そのあばあさんも孫も、もともとけっこう意地っ張りで頑固なのですが、オモテ向きはつっぱっていても、やはり孫とおばあさんのおたがいへの思いやりや気づかい、そういうこころのつながりと、そこに流れるあったかいぬくもりが痛いほど感じられ、泣けてきてしまったのです。

 あとで、病院にこっそり、エビフライの特大を差し入れで持っていったら、ほんとうはおかゆしか食べれないはずなのに、そのあばあちゃん、おいしそうに、ぺろりと食べてしまったそうな。女の人の食欲はたくましい。

 「こんどは、カニを差し入れてあげたら?ちゃんと食べれたらいいね。とにかく、おばあちゃんを、笑わせたり、明るくよろこばせてあげて。それが、今してあげられる、大好きなおばあちゃんへの最高の贈りものだよ。」

 私は、ささやかながら、こう彼女にアドバイスしました。

 すでに、末期のターミナル・ケアに入っていて、痛み止めにモルヒネを打ち、いつ何があってもいい状態でしたが、そのあばあさんはタフでした。

 ふだんは、けっこうそれぞれがわがままに自分勝手をやっている家族のようなのですが、おばあさんのことで、たちまち家族はまとまり、皆でおばあさんに何かしてあげようと関わっていた姿が眼に浮かびました。

 母親とお姉さんは、心配でおろおろしていたようですが、彼女は、とにかくつとめて明るくおばあさんにふるまってきたようでしたね。毎週、東京から往復22時間かけて通うなんてことは、なかなかできないものです。ことしに入ってから、むこうに1日いただけで、すぐに東京にとんぼ返りなんてことが、しょっちゅうだったようです。

 家に残してきた犬たちの写真を病室に持っていってあげたら、ずっと、おばあさんは、それらの写真をベットの枕元に置いてながめていたとのことです。

 北陸の雪国に実家がある家族のことですが、家族のあったかいものを、あたりまえのように見せられたような思いで、なにか、ほっとします。

 でも、とうとうモルヒネでも痛みが止まらない状態になり、危篤状態になりました。知らせを受けて、もうここ1日2日が峠ということになり、お姉さんといっしょに、彼女は、また夜中11時間車を飛ばして、病院に向かいました。

 そのおばあさんは、この3月15日、惜しくも孫たちが車で到着するまえに、病院で亡くなりました。

 心からご冥福をお祈りいたします。

 でも、おばあさん、ご家族やお孫さんの愛情に包まれて、ほんとうにお幸せでしたね。

 ふと、やはり86歳で昨年亡くなった私の恩師(メンター)が、生前語っていたことを想い出しました。

 「誰でも死ぬときは、お金も土地も宝石も、何ひとつお棺の中に持ってはいけない。お棺の中に唯一持っていけるのは、ただ心の琴線にふれたような思い出だけだ。」

 これが私の恩師がよく言っていた言葉でした。

 家族崩壊といわれる今日の日本で、ほっとできるような家族のきずなのありさまを見せてもらった思いがしました。

 おばあさんのことを話してくれた、年少の友人に感謝しています。


  
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2005年08月21日

書評

 本来、このブログは、経営者とその家族の健康管理と「命もうけ」の知恵となるような情報や発想のヒントをお伝えすることが目的ですが、メイン・テーマ以外にも、私の眼で見たさまざまな情報をお伝えします。

 以前、ご自身のブログ記事で私のブログ記事を紹介してくださった、有名な金融コンサルタントの木村剛氏が、以前11万部のベストセラーになった本を全面的にバージョンアップされて「最新版 投資戦略の発想法」(アスコム刊)を、最近出されました。どうも、出てすぐに、またベストセラーになっているようです。投資戦略の発想法
 私は、金融関係は、まったくのど素人であり、門外漢なのですが、勉強のために購入してみました。

 読んでみて、エビデンスをきちんとデータで示しながら、バランス感覚よく、読者に対してさまざまな配慮や心配りをしつつ、金融と経済についてのモノの考え方の基本をしっかり押さえて、とてもわかりやすく書いてあることに、感心してしまいました。

 実は、はるか昔、学生のころ、経済学とか経済学者というものに大きく失望してしまったことがあり、そういう分野の人たちのいうことは、ほとんど信用していなかったので、なおさら、です。

 というのは、学生のころ、経済原論というものの講義を聴いたとたん、「人間は合理的にモノを買う」というような大前提で、ほとんどの理論が成り立っていることに気がつき、「だって、人間は、必ずしも合理的にモノを買うとは限らないじゃないか。」と疑問が湧き、これはおかしい、と思ってしまったからです。

 そういう疑問を教授にぶつけ、経済学が、経済活動という「人間の行動」の研究でもあるならば、「なぜ、経済理論に、『経済心理学』なるものがないのか?」、と突っ込むと、いやがられて、そういう領域の研究はないし、やっていない、などと、冷たくいわれてしまいました。

 また、1978年ごろ、米国で有名なマサチューセッツ工科大学(MIT)に研究留学するため、近々渡米することが決まっていた理論経済学の助教授に、「マスコミは、日本経済が不況とかいっていますが、先生は、今の日本は不況だと思われますか?個人的なご意見でけっこうですから。」と質問したところ、「ぼくは、経済の理論が専門で、現実の経済のことはわからない。」と、いわれてしまい、私は唖然としてしまったものでした。そして、「ああ、こりゃ、だめだ。経済学の机上の理論など、現実にはクソの役にも立たないではないか。」と、経済学というものに、さっさと見切りをつけてしまったのでした。私がちょうど20歳ころの話です。

 私には、経済学の理論というものは、動き出したとたんに、故障して動かなくなるポンコツ車みたいに思えました。

 私は、その当時、「人間が合理的にいつもモノを買うかのような理論は、ウソだ。人間は、感情でモノを買うのだ。」と直感していました。

 今振り返ってみれば、やや早とちりですが、けっこう本質をとらえていて的を得ていたな、と今でも感じています。

 ああ、そのころに、木村剛氏のような経済学の先生に出会っていれば、見方が変わっていたかもしれない、と思いましたね。

 木村剛先生は、ちょうど私より年齢が2つくらい下で、私と同世代に当たるので、そういう意味でも、今回この本を読んで、親しみを感じました。

 読んでみて、本当に大切な、すべての土台になるような基本をくり返し強調されているところに、思わずうなりました。

 自分を省みて、経済面でどんぶり勘定の多い私としては、これは大雑把でも家計簿をつけなくては、と大いに反省させられましたが、なるほど、と納得し、共感するところばかりでした。

 また、金融・経済のことであれ、やはり医療と同じで、付け焼刃の「対症療法」では、だめなのだな、ということを、つくづく感じました。

 やはり、基本を大切にする「根本療法」でなくては、長期的な意味で、問題は解決できないのだな、ということも、共鳴しました。

 物事の本質というものは、似ているものですね。

 根本を押さえていない、目先だけの安易な株式投資や、デイトレでのセンセーショナルな短期的成功本ばかりが目立つ現況にあって、物事を根本の基本から洞察し、「急がばまわれ」を説く、この本は貴重です。

 私なりに、この本に書かれている原理原則を簡潔に表現するならば、次のようになると思います。

 「表大なれば、裏も大なり。山高ければ、谷深し。リスクでも同じこと。ゆえに、リスクを最小限に抑え、急がばまわれ。まず、自分を知り、自分の足元より着実に始めよ。大きなしくみを知り、その性質を知り、長期的な視野で、その流れに乗り、まかせよ。細かいことにとらわれず、その流れにまかせれば、結局は大きな実りとなって収穫できる。急がばまわれば、それが結局近道になる。」

 たとえば、治療においても、アルコール性肝炎にかかっている人を確実に治そうとするならば、アルコールを毎日飲みながら治そうとすることは、論理的に考えても無理なことは当然なのですが、そういう安易に虫のいいことばかり考えるのが、多くの人間です。投資でも同じようです。

 また、自分の体のこともよく知らず、さらに、自分の体の現状や体質に合っているかどうかも考えずに、社長さん同士、ただ互いにすすめられるままに、むやみにわけもわからない健康食品をあれこれたくさん摂っている、などという現実も、木村氏が、投資について指摘している注意点によく似ています。

 どうもお金に関して、政府も銀行も、これからますますあてにならないし、たよりにならないため、自分で自分と家族の生活を守っていかなければならない、という木村氏の指摘は、まさに医療の現実において、いざというときに意外に病院や医者がたよりにならないという事実に重なりますし、双方とも、ふだんからの「備えあれば、憂いなし」という自己責任のセルフケアと予防が大切という点では、まったく同じです。

 博覧強記ともいえる豊富な金融・経済についての知識を、きちんとエビデンスをデータで示しながらも、素人にもわかりやすく、本質面から親切に解説してくれていることは、ありがたい限りです。 

 木村剛氏は、金融コンサルタント、金融職人と、自らを称し、論客としても知られているわけですが、この本は、まさに氏が、心ある良き「金融セラピスト」であり、「金融ドクター」であることをよく示していると思います。

 この本の内容を基にしたDVD「木村剛の投資家入門」も、DVDが5枚もついていておよそ1万円という安価なので、さっそく注文して、今、見て勉強しているところですが、本の内容とまさに相乗作用となって、より明確に理解できますし、何よりそのわかりやすい内容に感心しています。

 きちんとしたデータのエビデンスを伴った、わかりやすい金融・経済の知恵、お金に関するサバイバルの知恵を学べる基本テキストとして、本・DVDともども、素人の方にも玄人の方にも、心からおすすめいたします。



  
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2005年08月02日

医療専門家たちの感性

 このブログは、本来、経営者とその家族のための健康管理と「命もうけ」の知恵をわかりやすくお伝えすることですが、ときどき医療者の知られざる一面もご参考に実際のエピソードとしてお伝えします。いかに、一般の感性とちがうか、おわかりになるかと思いますから。

 今回は、いつもと文体を変えます。これは、ある実話です。

 ある高名な歯科医の娘で、家を継ぐために自分も歯科医になった方がいるが、いつも忙しく動き回りすぎての過労がたたってか、あるとき脳卒中で倒れてしまった。その話を聞いて、容態を心配して、その人をよく知る歯科医にたずねると、あっさり、彼はこういった。

 「もう、だめでしょうね。」

 なんとも冷たい、あっさりした、他人ごとのような言葉であった。知り合いのことですよ。

 その脳卒中で倒れた女医さんは、奇跡的に、後遺症もなく、見事に回復された。ほっとして、その回復をよろこんだ。

 そこで、知り合いの医師が、あっさり「もう、だめでしょうね。」といったことを彼女に伝えたら、「それは、あまりにひどい!」と、カンカンになって怒っていた。

 そりゃ、そうである。いつもは親しそうにしていながら、倒れたら、あっさり、もう、だめでしょう、では、薄情きわまりないではないか。それを知って怒るのは無理はない。でも医者の世界ではよくあることである。

 その女医さんは、以前元気な頃は、その歯科医師の世界では目立つリーダー的存在だったのに。

 すっかり後遺症もなく、見事に回復したあと、歯科医師の仲間の関係者が集まって、快気祝いの食事会を、精進料理でおこなうことになった。

 その女医の先生には、以前、歯科医師会の会合で、私の講演会をセットしてくださったこともあり、恩を感じていたので、私も誘われて、会費は高くとも、よろこんで出席した。

 やはり、こういうことは、皆でよろこんであげるのがあたりまえの常識で、それでこそ友人というものであろう。

 結局、およそ20人ほどが集まった。

 私は、めでたい回復のお祝いなのだから、当然のこと、お祝いとして、花束を買って持っていった。

 でも、驚いたことに、お祝いに花を持ってきたような人間は私ただ一人であった。

 私は、快気祝いの集まりなのだから、他の歯科医師たちも、当然、花くらい持ってくるのが当たり前に思っていたが、誰も持ってこなかったことに驚き、あきれてしまった。

 いくらしっかりした人とて、倒れて病んでみて、おそらくいろいろな不安があったに違いないはずだ。

 そういう、女医さんの気持ちをくんで、全快をしたことを、いっしょになって、よろこび合おうとする姿勢や配慮などが、医師仲間に、全然感じられなかったのである。

 なんという医療専門家たちの感性の鈍さ。信じられなかった。

 こういう人たちが、患者を診ているのか。

 私は、会の始まりに、とっさに全快祝いのセレモニーの場を作り、その女医さんへの花束の贈呈式を行なった。

 花束を受け取った女医さんは、ぽろぽろ涙を流していた。

 花を忘れずに持ってきて、本当に良かったと思った。

 さて、食事会が始まると、医者たちの世界の会話は、一般の世界とかなりちがう。

 「いろいろな病気が増えてきて、本当に困りものですね。」などと、つい私が言ったら、ベテランのどっしりした、ある女医の参加者は、こう言った。

 「でも、病気が増えてくれないと、われわれ商売あがったりですからね。病気がなくなったら、われわれが困りますもの。」

 快気祝いの食事会の場で、こう言い放つ神経。

 私は、ショックを受け、唖然として、その言葉を聞いていた。




   
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