2006年08月12日

「衣食足りて、礼節なし」その米国的な一面 (2)

このブログは、おもに経営者とその家族の健康管理や「命もうけ」に役立つような、目からウロコの発想や情報を、わかりやすくお伝えすることを目的としています。
 
 暑い日が続きますね。水分を多く摂ることはいいことですが、汗をかくので、体に必要な塩分までどんどん外に出て行ってしまいますから、良質の添加物のない本物の梅干をときどき摂るなり、良質の添加物なしの自然醸造の味噌を使った味噌汁などを食卓でマメに摂り、脱塩しすぎになりがちなところを適度な良質の塩分を摂って補ってください。

 極度に脱塩すると、皮膚や粘膜が弱くなりますし、傷も治りにくくなります。適度な塩分補給は必要ですよ。 以上、暑い夏のワンポイント・アドバイスでした。

 さて、先回、米国のユナイテッド航空の乗務員の礼儀やマナーの悪さの例を上げて、どうも「衣食足りて礼節なし」になりがちな、米国航空会社の自己主張過剰な敵対的サービス(?)の実例を上げてみました。

 そんな折、最近、近所のコンビニで「サービスの花道」(講談社MOOK)という雑誌を見つけ、ページをめくると、有名な経営コンサルタントである大前研一氏が、私と同じような感想を、はっきりと米国航空会社に対して述べていたのには、そのあまりのタイミングの良さに、びっくりしてしまいました。
サービスの花道
大前研一氏は、その雑誌の「JALとオークラのサービスがだめになった理由」(P.10−P.11)という記事の中で、こう語っています。


 航空業界でいえば、顧客満足度が急落している代表例がノースウエスト航空。アメリカ人が「ノースワースト」と呼んでいるほど、そのサービスは最悪のレベルにある。私もファーストクラスに乗って、エアコンから水がポタポタ落ちてくるのに驚いたことがある。

 問題はその先だ。客室乗務員に文句をいうと、「私はエンジニアではないから、そんなことをいわれても……」という返事。「嫌なら、水の落ちてこない席へ移動すりゃいいじゃないか」という態度が見え見えである。言っても無駄だと寝てしまうことに決めたが、今度はクッションがない。乗務員に伝えると、「あんたが探して見つからないなら、ないんでしょ」という返事だった。 (中略)

 …世界最低レベルに躍り出たのが、アメリカの航空会社。「ついに、ここまできたか!」と、ため息が出るほどの惨状である。組合が強いので、少しでも労働強化があれば反発する。その結果、マニュアルを作って最低限のことしかやらない。しかし、サービスというものは最低限ではダメなのだ。


 私は、さすがユナイテッド航空では、ファーストクラスでのこういうクレームは聞いたことがなかったので、まさかノースウエストは、ファーストクラスでさえ、ここまでひどいのか、とは知らず、あきれかえったものですが、しかし、容易に想定できるやりとりです。

 最近のアメリカの航空会社の乗務員の態度やマナーには、たしかにお客にサービスをするとか、ホスピタリティあるもてなしをするなどという姿勢が、まったく感じられません。最低限のサービスですらできていない、実にいい加減な客への対応には、大前研一氏がズバリ指摘しているように、目に余るものがあります。

 ユナイテッド航空でさえ言語道断と痛感したのに、ファーストクラスですら「そんなこと俺知らないよ」という事なかれ主義で通したノースウエスト航空の乗務員は、まさに米国人が「ノースワースト」と呼ぶ通り、非常に悪質なストレスを、空の旅を心地よく過ごしたい乗客に与えるので、凶悪犯罪にも準じていると思います。

 私は、ユナイテッド航空の非常に失礼な接客対応について書いてから、検索エンジンで少し調べてみましたが、やはり、かなりの方が不愉快な思いをしているようですね。

 Googleで検索して、眼にとまったブログ記事「ニューヨーカーへの道−励まし系語学学校社長のNY日記」には、2005年6月22日に「ハワイ(最終日)ユナイテッドエアラインズの最悪の接客」というものがありました。

 読んでみると、これはひどい。最初から差別するような人を鼻でせせら笑うような失礼な対応をしただけでなく、機内でランチを買った折のお釣りをテーブルに投げ捨て、そのお金が、ランチのサラダの上に落ちたのだそうです。詳細が、かなり具体的に書いてあるので、実際の記事をお読みいただきたいと思います。

 ほんとうにこういう信じがたい対応が日常化しているアメリカ航空業界の末期がん的な症状を知るたびに、まずこういう乗務員は、サービスの仕事をする資格がないし、サービス業によって給料を受け取る資格すらないと思いますね。

 また、味気なくマニュアル化された機械的な接客教育以前に、そういう乗務員が育った米国の家庭での親の教育こそが、大きな問題だと思いますね。だって、あたりまえの人間のマナーや基本すらできていないですもの。礼儀とマナーに関しては、一部のエリート層の人たちは別にして、米国は本当にダメです。

 このブログ記事は、かなり具体的に書いてあったため、そのブログ記事を読んだユナイテッド航空の日本オフィスのカスタマーサービスから謝罪のメールが来たようです。2005年7月2日「ユナイテッド航空からの謝罪」というブログ記事を読んでみてください。

 しかし、やはり日本人ですから、その方も人がいいのだと思います。一応、思いがけなく謝罪のメールが来たことで、よし、とされたようですが、私は、謝罪を「メール」という、いくらでも、あらかじめお詫び文のテンプレートを作っておける非常に安易な媒体を使って行い、それだけで済ませているところが、ユナイテッド航空は、本質的には非常に人をなめているなと思いました。だって、メール一通でカンタンに済ませて終わり、なんて態度、根本がおかしいじゃないですか。

 また、日本では、その昔、たとえば、食料品や牛乳などに不備があり、腐っていたりしたら、その大手企業の中堅幹部の人が、菓子折りを持って、失礼のあったお客さんの自宅を訪問して、平身抵頭おわびにうかがうなど、あたりまえに行なったものですが、最近は、そういう誠意を示す基本姿勢が企業にも見られなくなりましたね。


 このひどい扱いを受けたブログ記事の方の場合も、もし、メールで謝罪という行為をとるなら、もっともカンタンな伝達手段であるメールでの謝罪だけで済まさず、せめて、お詫びの気持ちとして、無料往復航空券か、次回の旅行で使える座席のアップグレード券ぐらい、不愉快な思いを与え、迷惑をかけたお客さんに送るぐらいのこともできなければ、そんなメールでの形だけの詫びなど、単なる言葉の上での責任逃れのごまかしにしか思えません。

 先手を打って相手の予期していないメールを送り、丁寧に言葉の上でわびれば、なんとかそれだけで相手が機嫌を直してくれるであろう事をどこかで期待しているのであれば、それは、実に安易であって、丁寧な言葉とは裏腹に、実に誠意のない、ある種のせこいずるさを、私は、そこにかいま見ます。

 私は、具体的な実際の誠意ある行動のともなっていない詫び状などは、何の価値も意味もないと考えています。

 こういう問題は、医療や福祉のサービスやホスピタリティ・ケアを考える意味でも、非常に重要なテーマですね。大いに関係してくる。無関係ではないのです。

 まだ、どんどん怒濤のごとく書きたいのですが、またいっきょに書くと長くなって読みにくくなってしまうと思いますので、ぐっとこらえて、今回は、この辺でやめておきましょう。次は、あまり間を空けずに、早めに続きを書きます。

 なおホスピタリティと人間学については、葉山昌一さんという方がブログに、なかなか良い発想のヒントをわかりやすく書いておられますから、是非、参考に読んでみてください。さりげないブログ記事ですが、味のある内容で、おすすめです。



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