2006年03月17日

あるお年寄りが、死ぬまえにやっとうちあけた胸のうち

 このブログは、主に経営者とその家族の健康管理や「命もうけ」に役立つような、目からウロコの情報や発想を、わかりやすくお伝えし、できるだけごいっしょに考えて、いのちへの具体的な知恵と感性を養っていただくのが目的です。

 ですが、ときどき脱線もさせていただき、さまざまな人間模様についても触れたく思っております。

 先回までは、花粉症について、具体的な対処法についてでしたので、今回は、つい最近、身近におこったことについて書きます。

 私の、ある年少の友人には、雪国に、大好きなはたらきもので元気なおばあさんがいました。86歳になっても、市場に野菜を売りに行ったりしていたそうです。

 そのあばあさんが急に体調を崩し、診察を受けたところ、すでに末期の肝臓がんで、おなかに腹水もたまっている状態でした。本人はそのことを全く知らず、「いつ退院できるんかねぇ」と病院をいやがって、はやく出たがっていたようです。

 実は、胃がんからはじまり、肝臓にもがんが広がり、とにかく打つ手がない状態だったとのこと。それゆえ、高齢なことも考慮して、抗がん剤は一切病院では行われなかったようで、判断が適切な良い医師にめぐまれたようです。

 自分が末期のがんであることを知らぬ本人は、意外に元気で、家に残してきた犬のことを気にして、夜中に犬の夢を見て、犬を追いかけようとしてベットから落ち、顔面を床にぶつけて、ケガをするというありさま。

 あまりにも、家に帰りたがるので、医師たちは、ほんとうは無理な状態だが、特別に一時、帰宅を許しました。そして、毎日、雪の中を往診に来てくれることになりました。これには、思わず、頭が下がります。だって、ふつう雪の中を3時間かけて、毎日往診などできるものではありません。いまどき、こういう医者もいる事実があることは、うれしくなります。

 おばあさんは、感動の再会を愛犬と果たしましたが、やはり、病院のようには、部屋もあたたかくなく、すぐに体調を崩し、ただちに再入院になりました。

 私の友人は、ウィークデーの仕事が終わると、週末、かならず自分で運転して、東京から北陸の病院まで、おばあさんのお見舞いに通っていました。これも、すごいことです。だって、片道11時間もかかるのに、毎週欠かさず見舞いに行っていましたから。

 そうしているうちに、おばあさんは、すでに敗血症になり、熱もあり、体力もかなり落ちてきたようです。すでに、おかゆしか食べれないし、病院の食事もおかゆだけです。

 そんな折、おばあさんが、しみじみと孫の彼女に、こういったそうです。

 「あのなあ、実は、おばあちゃんが、おまえたちに今までずっとだまってて、いわんかったことがある…」

 「…………」(孫、何ごとだろう、とただ沈黙)

 「それはなあ…実は、おばあちゃんはエビフライが好きだったんじゃ!」

 「!!……」(孫、あっけにとられ沈黙)

 孫の彼女は、おばあさんがてっきり遺言のようなことをいうとばっかり思ったようです。

 さらに、そのあばあさんは、こう続けたそうです。

 「あと、カニも好きじゃ。」

 「…………」(孫、返す言葉もなく、さらに沈黙)

 この話を聞いていて、私も、一瞬あっけにとられて、目が点になりましたが、そのあと、いっしょに大爆笑し、笑いが止まらず、おなかが痛くなりました。これには、思わず座布団一枚!といったところです。

 いったい、どういうつもりで孫に告白したのかは、定かではありませんが、なんともにくめないというか、ほほえましいというか。現実のストーリーは、小説やTVドラマを超えていますねぇ。

 でも、大笑いしたあと、あとでこの話を思い出して、私はじーんときて、思わず涙が出てきました。

 そのあばあさんも孫も、もともとけっこう意地っ張りで頑固なのですが、オモテ向きはつっぱっていても、やはり孫とおばあさんのおたがいへの思いやりや気づかい、そういうこころのつながりと、そこに流れるあったかいぬくもりが痛いほど感じられ、泣けてきてしまったのです。

 あとで、病院にこっそり、エビフライの特大を差し入れで持っていったら、ほんとうはおかゆしか食べれないはずなのに、そのあばあちゃん、おいしそうに、ぺろりと食べてしまったそうな。女の人の食欲はたくましい。

 「こんどは、カニを差し入れてあげたら?ちゃんと食べれたらいいね。とにかく、おばあちゃんを、笑わせたり、明るくよろこばせてあげて。それが、今してあげられる、大好きなおばあちゃんへの最高の贈りものだよ。」

 私は、ささやかながら、こう彼女にアドバイスしました。

 すでに、末期のターミナル・ケアに入っていて、痛み止めにモルヒネを打ち、いつ何があってもいい状態でしたが、そのあばあさんはタフでした。

 ふだんは、けっこうそれぞれがわがままに自分勝手をやっている家族のようなのですが、おばあさんのことで、たちまち家族はまとまり、皆でおばあさんに何かしてあげようと関わっていた姿が眼に浮かびました。

 母親とお姉さんは、心配でおろおろしていたようですが、彼女は、とにかくつとめて明るくおばあさんにふるまってきたようでしたね。毎週、東京から往復22時間かけて通うなんてことは、なかなかできないものです。ことしに入ってから、むこうに1日いただけで、すぐに東京にとんぼ返りなんてことが、しょっちゅうだったようです。

 家に残してきた犬たちの写真を病室に持っていってあげたら、ずっと、おばあさんは、それらの写真をベットの枕元に置いてながめていたとのことです。

 北陸の雪国に実家がある家族のことですが、家族のあったかいものを、あたりまえのように見せられたような思いで、なにか、ほっとします。

 でも、とうとうモルヒネでも痛みが止まらない状態になり、危篤状態になりました。知らせを受けて、もうここ1日2日が峠ということになり、お姉さんといっしょに、彼女は、また夜中11時間車を飛ばして、病院に向かいました。

 そのおばあさんは、この3月15日、惜しくも孫たちが車で到着するまえに、病院で亡くなりました。

 心からご冥福をお祈りいたします。

 でも、おばあさん、ご家族やお孫さんの愛情に包まれて、ほんとうにお幸せでしたね。

 ふと、やはり86歳で昨年亡くなった私の恩師(メンター)が、生前語っていたことを想い出しました。

 「誰でも死ぬときは、お金も土地も宝石も、何ひとつお棺の中に持ってはいけない。お棺の中に唯一持っていけるのは、ただ心の琴線にふれたような思い出だけだ。」

 これが私の恩師がよく言っていた言葉でした。

 家族崩壊といわれる今日の日本で、ほっとできるような家族のきずなのありさまを見せてもらった思いがしました。

 おばあさんのことを話してくれた、年少の友人に感謝しています。




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この記事へのコメント
僕は先生のブログをたくさん持ってあっちの世界へ行けそうです これからもがんばって下さいませ
Posted by 634 at 2006年03月26日 01:33
ありがとうございます。

でも、まだあっちに行くのは、ずっと後にしてくださいね。

何より大いに人生を味わい、じっくり、この世のいのちの時間を楽しんでください。
Posted by 大塚晃志郎 at 2006年03月26日 15:27