2005年08月02日

医療専門家たちの感性

 このブログは、本来、経営者とその家族のための健康管理と「命もうけ」の知恵をわかりやすくお伝えすることですが、ときどき医療者の知られざる一面もご参考に実際のエピソードとしてお伝えします。いかに、一般の感性とちがうか、おわかりになるかと思いますから。

 今回は、いつもと文体を変えます。これは、ある実話です。

 ある高名な歯科医の娘で、家を継ぐために自分も歯科医になった方がいるが、いつも忙しく動き回りすぎての過労がたたってか、あるとき脳卒中で倒れてしまった。その話を聞いて、容態を心配して、その人をよく知る歯科医にたずねると、あっさり、彼はこういった。

 「もう、だめでしょうね。」

 なんとも冷たい、あっさりした、他人ごとのような言葉であった。知り合いのことですよ。

 その脳卒中で倒れた女医さんは、奇跡的に、後遺症もなく、見事に回復された。ほっとして、その回復をよろこんだ。

 そこで、知り合いの医師が、あっさり「もう、だめでしょうね。」といったことを彼女に伝えたら、「それは、あまりにひどい!」と、カンカンになって怒っていた。

 そりゃ、そうである。いつもは親しそうにしていながら、倒れたら、あっさり、もう、だめでしょう、では、薄情きわまりないではないか。それを知って怒るのは無理はない。でも医者の世界ではよくあることである。

 その女医さんは、以前元気な頃は、その歯科医師の世界では目立つリーダー的存在だったのに。

 すっかり後遺症もなく、見事に回復したあと、歯科医師の仲間の関係者が集まって、快気祝いの食事会を、精進料理でおこなうことになった。

 その女医の先生には、以前、歯科医師会の会合で、私の講演会をセットしてくださったこともあり、恩を感じていたので、私も誘われて、会費は高くとも、よろこんで出席した。

 やはり、こういうことは、皆でよろこんであげるのがあたりまえの常識で、それでこそ友人というものであろう。

 結局、およそ20人ほどが集まった。

 私は、めでたい回復のお祝いなのだから、当然のこと、お祝いとして、花束を買って持っていった。

 でも、驚いたことに、お祝いに花を持ってきたような人間は私ただ一人であった。

 私は、快気祝いの集まりなのだから、他の歯科医師たちも、当然、花くらい持ってくるのが当たり前に思っていたが、誰も持ってこなかったことに驚き、あきれてしまった。

 いくらしっかりした人とて、倒れて病んでみて、おそらくいろいろな不安があったに違いないはずだ。

 そういう、女医さんの気持ちをくんで、全快をしたことを、いっしょになって、よろこび合おうとする姿勢や配慮などが、医師仲間に、全然感じられなかったのである。

 なんという医療専門家たちの感性の鈍さ。信じられなかった。

 こういう人たちが、患者を診ているのか。

 私は、会の始まりに、とっさに全快祝いのセレモニーの場を作り、その女医さんへの花束の贈呈式を行なった。

 花束を受け取った女医さんは、ぽろぽろ涙を流していた。

 花を忘れずに持ってきて、本当に良かったと思った。

 さて、食事会が始まると、医者たちの世界の会話は、一般の世界とかなりちがう。

 「いろいろな病気が増えてきて、本当に困りものですね。」などと、つい私が言ったら、ベテランのどっしりした、ある女医の参加者は、こう言った。

 「でも、病気が増えてくれないと、われわれ商売あがったりですからね。病気がなくなったら、われわれが困りますもの。」

 快気祝いの食事会の場で、こう言い放つ神経。

 私は、ショックを受け、唖然として、その言葉を聞いていた。




 

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この記事へのコメント
大塚晃志郎様 
初めまして。私は、HNぱーぷると申します。
どこからか、偶然このブログに飛んできて、時間のある時は、いつも読ませていただいています。

2〜3年ほど前から、神田先生の本が大好きで、ほとんどの本を読んでいます。こうして、神田先生の本を読んでいると、それが輪となり、ネットを通してとても素敵な方とめぐり合う機会が増えたように思います。

回帰祝いにごく自然に花を贈る思いやり、やさしさ。人として大切な事。大塚様の言動、行動、考え方は、とても心が温かくなります。これからも1ファンとして応援させていただきたいと思います。長々と、読んでくださって、ありがとうございました。
Posted by ぱーぷる at 2005年08月02日 08:55
ちょっと情けない場面のように思えますが、これが現状だと思います。
治療に対して、真剣に取り組んでいる医師も多いと思いますが、経済的な利益追求をしている医師も多いのは事実です。

ある医師の講習に言ったとき、長々と在宅医療での利益の上げ方を話し、
「おいしい話でしょ!」と言う。
医療関係の講習で、「儲かる話」は聞きたくなかったが、参加者の多くの拍手喝采には、さらに驚いたものです。
Posted by hallick at 2005年08月02日 09:18
初めまして。先生のブログでいつもいろいろな事を考える機会を持つ事が出き、勉強になり、大変感謝しています。
 残念な事に医学以外の世界でも、このような環境は絶えません。儲かるか・儲からないか。また自分にとって損徳のソロバンしか弾けない世の中にはがっかりします。日本人はいつから人としての感情が麻痺したのでしょうか・・・。
 でも世の中には尊敬できる、すばらしい人がたくさんいる。先生のブログはそういう人もたくさんいる事にも気づかせていただいています。
 普段の環境の中で、私は辛くなった時、神田さんのブログで紹介されていた「逆説の十ヶ条」を読み自分を励ましています。
 今後も先生のブログは自分を成長させる大事なものの一つと考えています。
 暑い毎日が続きますが、どうそご自愛下さいませ。
長々と大変失礼いたしました。
 
Posted by misako at 2005年08月03日 12:41
初めまして。以前ある歯科医院に勤める方から「あんたたち一般人と、私たち医者ドン(注 方言、医者殿の意)」といつも先生がおっしゃっていると聞いたことがあります。
確かにお医者様は立派な職業に違いはありませんが、職業に貴賎はないはずです。記事に書かれているような心根のお医者様が全てではないにせよ、とても悲しいことだと思います。
何の世界でも、「やさしく美しい心根」「何のため」という目的を失ってはいけないのではないでしょうか。私も、立派なことを言える立場ではありませんが「心」を大切にしながら恩師の「英知を学は何のため、君よそれを忘るるな。」を肝に銘じて生きたいと、心からそう思いました。
Posted by 李奈 at 2005年08月10日 07:22
 8月3日にコメントをくださったmisatoさん、うれしいコメントをありがとうございます。「逆説の十ヶ条」(The Paradoxiacl Commandments)は、私もとても好きで、内外のあちこちの人におしえてあげています。神田先生と相談して、いずれ、その著者、ケント・キース博士を日本に呼ぼうかとも考えています。うまくいけば、キース博士本人に、こんど米国に出張した際に、会見してくるつもりです。

Posted by 大塚晃志郎 at 2005年08月12日 20:44
 8月10日にコメントをくださった李奈さん、すばらしいコメントをありがとうございます。医療者の世界に、入りこんで観察すると、個人的には、それぞれ、それなりにいい人でも、せまい非常に特殊な世界に、どっぷりつかっていて、非常に一般的なあたりまえのことに盲目的になっているような感じを受けます。かなり、いい人たちでもズレているのです。花束の件にしても、決して悪気があるわけではないのでしょう。

 医療は、人の弱い面に関わっていく仕事ですから、理系の知識より何より、はっきりした背骨となる医の哲学と、人を理解する人間学が、知恵として身についていなければなりません。しかしながら、人への思いやりは、大学医学部で学べるものでなく、やはり、すでに家庭で、そういうものが培われているか否かが、大きな問題でしょう。すべての精神性の基礎は、そこにあり、医学部に入ってからでは遅いのでしょうね。

Posted by 大塚晃志郎 at 2005年08月12日 20:48
 コメントを書いてくださった、その他の皆さんも、それぞれすばらしいコメントをありがとうございました。

 いずれ、今の医療のある急所を、クリックすると、ドミノ現象のように医療が、もっと人間味のある全人的な、かつ統合的な医療に変わっていく妙案を書くつもりです。楽しみにしていてください。

 
Posted by 大塚晃志郎 at 2005年08月12日 20:51