2008年08月31日

北京オリンピックに思う

北京のオリンピックが無事に終わり、花火までCGで捏造していながら、何が悪いと開けなおる今の中国の姿勢には苦笑してしまいましたが、無事に終わってよかったです。

4年に1回というチャンスに、そのときまでに、本番でピークとなるようなパフォーマンスができるように、綿密な計画と自己管理をして、絶えず練習してきたアスリートの姿には、理屈を超えて感動しました。

オリンピックで金メダルを取るということは、日本国内の最高峰、東京大学理科稽爐箸いβ膤惻験最難関に合格することよりも、はるかにむずかしい。

オリンピックは、4年に1回だけのチャンスで、金メダルは一人だけですから、毎年試験のチャンスがあって、少ないとはいえ、90名も合格できる東大の理傾膤覆茲蠅癲△呂襪にたいへんな競争率ですね。

水泳の北島は、手ごわいまわりの競争相手の存在を逆手にとって、それをむしろ利用して、自分以上の最高のパフォーマンスができるよう本番に自分を持っていったのですから、本当にすごいと思います。

4年間の努力が、あの一瞬で報われるかどうか決まるのですから。

とことん究極の努力と練習をこなした者だけが、土壇場で入り込める「無心」の境地のピーク・パフォーマンスを見たように思います。

でも、とはいっても、やはり、その人の持ち味、得意な分野があるのでしょうね。

北島が、いくらオリンピックで金を取れる集中力があるからといって、自分が好きになれない勉強をして、東大理靴鮗験しても受からないでしょうし、柔道の谷選手が、水泳をしても合わなかったでしょうし、柔道の集中力を生かして、東大理靴鮗けたとしても、やはり合格はむずかしいでしょう。

やはり人には個性があり、その人の持ち味に合った得意な分野がある、ということだと思います。

それにしても、スター選手は別として、オリンピック選手の大半は、自腹でやりくりして、きびしい練習をやってきたわけで、それは、ほとんど本人自身の個人の努力とまわりの人の協力によるものですね。国は全然ヘルプしていない。なぜ??

それなのに、オリンピックに出るとなったら、いきなり「日本」というのれんを肩からかけられ、見ず知らずの日本中の人たちからの、実に自分勝手な期待に応えなければならない。

これは、本当にたいへんですね。

日本という国は、ふだんは全然協力や支援などしていないくせに、こういうときばかり、選手たちに「日本」としての期待を一方的にかけますね。

もし、日本としての国としての期待をかけるのだったら、もっと選手たちがのびのび練習に専念できるように、大いに協力・支援をふだんからしてやるべきでしょう。

助成金を出すなりしてね。


4年に1回のことですよ。それくらい、つまらない無駄なダムの建設や誰も使わない道路を作るのに、何兆円も金をどぶに捨てるのをやめて、その予算から、国の面子を背負うアスリートたちに全面的に支援してやったらいいじゃないかと思いますね。

それだったら、練習に専念するための費用を捻出するために、テレビの宣伝に、選手が出なくたって済むじゃないですか。

彼らは、自分たちでがんばっているのであって、国が勝手に期待をかけて、いいときだけ、「日本」として一方的な期待をかけるのは、あまりに自分勝手すぎる様な気がしますね。そして、勝てば、やたらもてはやして英雄、負ければ、クソみそいわれるのですから。

日本政府は、あまりに無駄な金遣いが多すぎるのですから、まず無駄をやめて、使うべきところに金を使うべきなんです。

彼らに、国として期待をかけるのなら、国としてやってあげられることをやってあげるのがスジというものでしょうね。
  

Posted by otsukako at 23:28Comments(0)TrackBack(0)