2006年05月27日
西洋医学と東洋医学は、実は似ていた?
このブログの目的は、おもに経営者とその家族の健康管理や「命もうけ」の知恵に役立つような、目からウロコの情報や発想を、わかりやすく伝えていくことです。
「西洋医学と東洋医学は、水と油ほど全く違っている」とよく、あたりまえのようにいわれていますが、本当にそうなんでしょうか?
たしかに現代西洋医学と東洋医学の考え方は、かなり異なっていますね。
でも、現代西洋医学といえども、西洋医学のルーツをたどれば、キリスト以前のおよそ今から3500年前、古代ギリシャのヒポクラテスが西洋医学の父といわれています。とくにヨーロッパでは、ヒポクラテスの生誕地、ギリシャのコス島詣でをする医師も、今でもけっこう多いようです。
ヒポクラテスは、迷信に呪縛された時代から人間を解放し、病や健康について客観的な観察をし、その洞察に基づき、理性的な医学と医療を築いていったということにより、科学的な西洋医学の父といわれているわけです。
しかしながら、その根本的な考え方は、ギリシャ語で「フュシス」(Physis)と呼ばれる「自然性」「自然のはたらき」というものを、もっとも信頼かつ重視し、そのはたらきを最大限生かして病を治すことを、根本としていたわけです。
おもしろいことに、人間の体の外部にある自然環境が示す変化・バランス・調和というものを調整している自然の力と、まさに同じような力が、人間の生きている体の内部にもダイナミックにはたらいている、と洞察したのです。
つまり外にある自然の力と同じ力が、体にもはたらいていると考えたのです。
すなわち、自然と人間を対立としてとらえるよりも、外の自然と体の中の内なる自然を分けなかったといってもいい。
さらに、興味深いことに、その「自然のはたらき」をあらわすギリシャ語の「フュシス」(Physis)という言葉から「フュシクス」(Physicus)というラテン語が生まれ、そこから医師を意味する「フィジッシャン」(Physician)という言葉が生まれています。そもそも、その本来の意味は、「自然療法者」もしくは「自然のはたらきを助ける者」という意味だったのです。
それから、ヒポクラテス医学の弟子たちに、その根本的な考え方が引き継がれ、のちに、「病を癒す自然の力」、ラテン語で「ウィス・メディカトリックス・ナチューライ」(vis medicatrix naturae)という言葉、平たく言えば、「自然治癒力」という言葉が生まれています。
まさに、もともとの西洋医学の医師たちは、体にはたらく自然の力を活用し、そのバランス回復・自己修復調整能力を最大限に引き出すことを、治療の根本としていました。
う〜む、どうも、やたらたくさんの薬を出したがる今どきの西洋医学の医者たちとはずいぶん様子が違うようですね。
でも、おやおやおや?こう見てくると、西洋医学って、もともと東洋医学の考え方にそっくりという感じがしてきませんか?
実際よく調べていくと、もともとの西洋医学の発想は、今の現代西洋医学の発想とかなり異なり、むしろ東洋医学の考え方とまるで双子のように似ていることがだんだんわかってくるんですよ。
かつては私も、てっきり西洋医学と東洋医学は、もともとまったく違う別物だと思い込んでいたわけで、実はもともと西洋医学と東洋医学は、非常に似ていることにか気がついたときは、目からウロコどころか腰を抜かすほどびっくりしたんです。
ここらへんをくわしく書いていくと、本1冊になってしまいますから、今回はここまでにして、追い追いもっとくわしくお伝えしていこうと思っています。
2006年05月18日
肝っ玉ど根性ゴッドマザーだったマザーテレサ
このブログは、おもに経営者とその家族の健康管理と「命もうけ」の知恵を養うのに役立つような、目からウロコのような情報や発想を、わかりやすくお伝えするのが目的です。
時折、健康関連の話題以外にのことにも、その折々の問題意識で、書くこともありますので、よろしくご理解ください。
マザーテレサといえば、慈善事業というか、貧しい人のために一生をささげた聖女というようなイメージを思い浮かべて、思わず拝んでしまう方もいらっしゃると思いますが、私は、聖女というより、彼女には、腹の据わった、タダでは転ばない、肝っ玉ゴッドマザー、といった実にたくましいものを感じます。
マザーテレサが世界的に有名になり、ノーベル平和賞などをもらうようになると、そういう名声にあやかりたい世俗の人たちがあれこれマザーテレサもうでをしたり、売名的な寄付をしたりするようになります。まあ、あさましい人間の業でしょうか。
あるとき、ある大金持ちが、あきらかに自分の売名のためにマザーテレサにロールスロイスを贈ったそうであります。マスコミも世間も、貧しき者の味方である清貧のマザーテレサは、ゼッタイにそういうものを受けとらないと思っていたようです。
ところが、マザーテレサは、その寄贈のロールスロイスをあっさり受け取ります。
当然、マスコミや世間は、「なんだ、マザーテレサは貧しい人の味方ではなかったのか?有名になって、とうとう金持ちに媚を売るようになったのか?幻滅だ。」などと、勝手な非難や批判が沸き起こるわけですね。
じゃあ、マザーテレサは、寄贈されたロールスロイスを自分の贅沢のために乗ったのでしょうか?いいえ。それでは、そのロールスロイスをどうしたのでしょうか?
ここからが常人とはちがう、聖女のイメージとは違うマザーテレサのたくましさです。彼女は、施設の資金にするために、そのロールスロイスを売ることもできましたが、それもしませんでした。
彼女は、世間の非難などものともせず、また自分の名声を使って政治家や社会的有力者に協力してもらい、マザーテレサが企画して、宝くじをやってもらうことにしたのです。その一等の賞品に、そのロールスロイスをあてました。
世間の人たちは、ノーベル平和賞を取り、世界的に有名になったマザーテレサおすみつきロールスロイスが一等の賞品の宝くじだ、ということもあって、こぞってその宝くじを買いに走ります。
あっというまにロールスロイス一台をはるかに上回る、その数百倍ちかくのお金を集めました。もちろん、たくましく貧しい人を助けるための資金にしたようですよ。
その発想は、まさに人の心理に熟知しマーケティングにたけた起業家であり、ひとつのチャンスを最大限に使って、施設の運営や貧しい人たちを助ける資金を最大限に作り出すという実業家であり、経営者でありました。
慈善奉仕するにせよ、スタッフの食費だっていりますし、医療品だっていりますし、患者や瀕死者のためのベッドや食事やケアのための費用などが、まさに、キリがないくらいお金が無制限に必要になってきます。
施設自体は、生産し物を売るわけではありませんから、いくら寄付を集めたにせよ、いくらあっても足りないわけです。
自分の社会的な名声や政治力を大いに利用し、世間やマスコミがなんと言おうとも、現実を前にした当事者たる厳しさを知っているマザーテレサは、その売名目的のロールスロイスでさえ、そんな世俗の下心は十分承知の上で、あえてありがたく平然と受け取り、それを最大限にしたたかなまでに活用して、何百倍もの資金を集める手段にしたわけです。
なんと、たくましい!!お見事な手腕!まさにゴッドマザー!
カトリック修道会という世界的に力を持つ宗教組織が背後につながっていることだって大いに政治的に物事を動かすのに役立っていると思います。ヤワでかよわい精神では人助けだってできない、という強烈な生きざまを感じますね、そこに。
単なる甘い慈善気分のおせんちでは、私はいろいろな現実の壁を前にして、慈善をするまえにカンタンにつぶれてしまうと思います。
ほんとうに行動しているからこそ、自分がなんと言われようが、こういう活動を運営していくための金を十分に集める方が先だという、まさに腹の据わった肝っ玉ばあちゃん、いや、ゴッドマザーというようなたくましい行動になるのだと思います。
現実に人を救う事業をあえてやろうとすれば、平安に自己陶酔的なおせんちにひたっているひまはなく、平然と泥でも平気でかぶって、皆を食わせるため、養うためにかせぐ、という、実にたくましい豪腕にならなけれな、しょせん慈善事業ですら、きちんと為しえないのでしょう。ここに、世の中にとっていいことをしているのだからと世間の同情をあてにして、センチメンタルで甘い見通しがよく目立つ多くのNPO法人やボランティア慈善団体に欠落しがちな経営能力の重要性があるように思えます。
こういう点でも、マザーテレサは、起業家精神あふれる経営者で、マーケッターで、政治的なたちまわりもできる、実にたくましいゴッドマザーだったのではないかと思います。
そりゃ、瀕死の人、病気の人、貧しい人、何百人も抱えて、スタッフも含めて、運営を何とかしていなければならない、きびしい現実を毎日生きていたら、甘っちょろい慈善気分でいられるわけがなく、やはりボランティア事業であっても、マザーテレサのような経営者としての手腕が非常に重大なのだと思います。だって資金繰りができなければ、慈善活動であったって、すぐにでも活動は頓挫してしまいますから。
だから私は、マザーテレサを清らかな聖女としてよりも、起業家精神あふれる経営者であった肝っ玉ゴッドマザーとして、その強くたくましい人間の器を評価しています。
2006年05月09日
細胞の生まれ代わるスピードは、信じがたい驚異
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実は、私もよく知らなかったので、あらためて驚いたのですが、人間の体での細胞の生まれ代わりの速いこと、速いこと!
あらためて、生きている力、生命力のすさまじい力に、この世のものとは思えないような自然の知恵のはたらきを感じてしまいます。
人間の体は、約60兆個もの細胞からできているが、細胞の新陳代謝たるや、神の奇跡の技としか思えないものですよ。
たとえば、小腸は、血液ではたらく免疫系とはちがう、γδ(ガンマー・デルター)T細胞群という免疫のはたらきが活発なところであるが、そのせいか、小腸には癌ができない!(この事実を知っていましたか?この事実をきょう知っただけで金一封を包む価値がありますね。)
その小腸では、なんと1秒間に170万個の細胞が生まれ替わるとのこと!
すっすごい!たった1秒間にですよ。
そして、小腸の栄養吸収細胞は、1,500億個もあり、24時間で生まれ替わっている!
胃の粘膜細胞は2〜3日、肌の細胞は約4週間で入れ替わる。
こういうすさまじいまでのスピードで細胞の新陳代謝が自動的に行なわれている事実! あなた自分の意思でやってますか?無理ですよね。それじゃ、いったい誰が自動的にこんな見事にやってくれているですかい?
生命の世界では、知らないところで刻々すごいことが起きているんです。まさに、何か大いなる力に生かされているとしかいいようがない絶妙な仕組みがそこにはたらいている。
こういう不思議な力にいつも守られているのが、われわれの生命の現実。
たとえ、病気になったからといって、すぐに弱気になって愚痴をこぼすなど、この驚異的な生命の力の再生能力、復元力を知らない、バチあたりなことではないですかいな?病気をしている事実があるなら、そこにすでに治るヒントがあるということ。
自分自身が、絶妙なまでに生かされている自然の驚異の仕組みをもっともっと信頼したいもの。
だって、あなたは自然が生み出した「生命」という、奇跡としかいいようがない驚異の現象なんですから。
皆さん、この世に運良く生まれてきたこと、今生きていること、おめでとうございます!いやあ、よく考えてみると、ほんとうに生きているって、毎日が奇跡、毎日が誕生日ですぞ! Congratulations !